地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

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四川大地震のニュースが飛び交う中、頻繁に耳にした町の名前「セイト」に戸惑った。四川省の都の「成都」のことらしいが、確か「チョントウー」であるはずだが、NHKが言っているのだから間違いない。中国と共通の漢字を持つ日本は、地名、人名の呼び方について中国と交わした約束がある。いつ、どういう了見で、誰が約束したのだろうか、私はまったく解せない。すなはち、「両国の地名・人名はそれぞれの母国語で呼ぶ」というものだ。世界中どこへ行っても東京は「TOKYO TOKIO」であり、日本はあくまで「NIPPON ニッポン」なのに、中国では東京を「トンチン」、日本を「リーベン」という。こんな理不尽なことがあろうか。ましてや、福田を「フーティエン」、長嶋を「チャンタオ」と呼ぶ約束はいかがなものか。あくまで福田首相は世界の「フクダ」であるべきだし、一郎が「イーラン」であってはならない。大げさに言えば、個人名に関してはこの約束は人権侵害ではないのか。韓国の大統領を私たちはハングル名で「イミョンバク」さんと言うが、中国の国家主席を「コキントウ」さん、首相を「オンカホウ」さんと日本語で呼んでは失礼千万の話だと思う。妙な約束は反故にして、中国の人名や地名はきちんと中国の呼び方にしようではないか。現に、私たちは「北京・上海・南京・青島(チンタオ)・廈門(アモイ)・香港」等は中国語で呼んでいる。まさか北京や上海を「ホクキョウ」とか「ジョウカイ」とは言わないでしょう。また、中国人にとってももともと外国語の地名のラサ(チベット語)、チチハル(満州語)、フホホト(モンゴル語)、ウルムチ(ウイグル語)は日本でもそのまま原語で呼んでいる。日本の中学校や高校の地図帳では、すべて中国語読みのカタカナ地名表記だし、大学入試問題では、陶磁器で有名な「景徳鎮」は「チントーチェン」、石炭の町大同は「タートン」とカタカナ地名で出題されます。「けいとくちん」や「だいどう」では若い人に笑われますよ。日本に親しまれている町は北京、上海のように是非中国語読みにしたい。テイエンチン天津(テンシンは似ていて日本語です) タイペイ台北(タイホクは死語) シーアン西安(セイアンと間のぬけた呼び方は止めたい) ターリエン大連(ダイレンはもう国際都市にはふさわしくない) ウーハン武漢(ブカンサンチンは歴史の彼方へ) コワンチョウ広州(コウシュウでは岐阜市の姉妹都市の杭州ハンチョウと区別がつきません) チーリン吉林(キツリンは満州帝国とともに滅びた呼び方) トンホワン敦煌(これほど名高い町はきちんと呼ぼう) ルオヤン洛陽(古都に敬意をあらわすべき) コイリン桂林(カルスト地形の人気スポットをケイリンと呼ぶのは止め)                                                一方、日本と韓国・北朝鮮は中国と違って「人名・地名は現地語読みする」約束をしている。日本人はかつて朝鮮半島の地名を漢字の日本語読みにしていたので、いまだに「けいしゅう(慶州)の仏国寺に行って来た」などとハングル呼称をしない人がいるが、早く世界スタンダード呼称を身につけるべきだ。きちんとハングル地名を使っている町には「プサン・ソウル・ピョンヤン・チョンジン・ポハン」等があるが、次の町も約束どおりハングルで呼ぼう。韓国の空の玄関口インチョン(仁川)国際空港  新羅の古都キョンジュ(慶州)  南北友好の観光地クムガンサン(金剛山) 休戦ラインのパンムンジョム(板門店) 民族の聖地ペクトサン(白頭山) 常春の火山島チェジュド(済州島) 古き朝鮮を偲ぶスーウオン(水原)の民俗村   なお、日本人はかつて占領下のソウルを京城と呼んだ。今は使用禁止だし、幸いもう忘れてしまった人も多い。都を意味するソウルは、最近漢字表記で「首爾」としたが、もとは「漢城」ともいった。                                                                                                                                                                                                                                                 
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by baba72885 | 2008-06-20 19:18
 古代律令国家は、752年の大仏開眼に先立って、741年に「国分寺建立の詔」を発し、各国の都の「国府」付近に国分寺が造営されていった。また、各地にあった古くからの名高い神社を「一宮・二宮・三宮」として格付けし、「武蔵一宮氷川神社」「相模二宮川匂神社」「甲斐三宮玉諸神社」のように名乗ることになった。「国府・国分寺・一宮」は三点セットのように各国の中心地に存在した。いくつかのこる地名を挙げよう。                         《国分寺》地名(「国分」地名の中にも国分寺所在地がある)                              栃木県下野市国分寺町・東京都国分寺市・新潟県佐渡市国分寺・岡山県津山市国分寺・鳥取県倉吉市国分寺・香川県高松市国分寺町                                        《宮》地名                                  愛知県一宮市・愛知県豊川市一宮町・兵庫県淡路市一宮町・岡山県津山市一宮・兵庫県宍粟市一宮・香川県高松市一宮町・徳島市一ノ宮・高知県安芸市一ノ宮・高知市一宮・神奈川県二宮町・栃木県二宮町・神戸市三宮                                   《古代の風を運ぶ駅》のんびりと出かけよう古代のまほろばへ                                 三点セットの三大お薦めスポット ①美濃国府跡(東海道本線垂井駅下車北へ) ②因幡国府跡(山陰本線鳥取駅下車東へ) ③若狭国府跡(小浜線新平野駅西へ) その他、次の駅で奈良・平安に思いを馳せてみよう。                            東北本線「国府多賀城駅」・南武線「府中本町駅」・氷見線「越中国府駅」・高山本線「飛騨国府駅・飛騨一宮駅」・阪和線「和泉府中駅」・山陰本線「国府駅・下府(しもこう)駅」・福塩線「府中駅」・予讃線「讃岐府中駅」・徳島線「府中(こう)駅」・久大本線「豊後国府駅・古国府(ふるごう)駅」・日豊本線「国分」・中央本線「国分寺」・東海道本線「尾張一宮駅・国府津駅・二宮駅」・外房線「上総一ノ宮駅」・山陽本線「三宮駅」・七尾線「能登二宮駅」・吉備線「備前一宮駅」・天竜浜名湖鉄道「遠江一宮駅」・高松琴平電鉄「一宮駅」・しなの鉄道「信濃国分寺駅」・京王線「府中駅」・京成本線「国府台駅」・名鉄本線「国府宮(こうのみや)駅」 近鉄大阪線「河内国分駅」・北陸鉄道石川線「加賀一宮駅」・上信電鉄「上州一宮駅」                                   各国はそれぞれいくつかの郡に行政区分された。国司は地方の有力豪族を郡司に任命し、その郡役所を「郡家」といった。各郡の行政の中心地であったが、国府と比べて町の規模が小さく、その地名の残存もきわめて少ないため、郡家のあった場所の特定が困難である。「郡家」にはいくつかの呼び方があるが、各地にある「郡こおり」のつく地名は「郡家」の所在を疑ってみる必要がある。また「郡家」のあった「処ところ」という意味で、「郡処こおりど・こうど・ごうど」地名の中にも郡家所在地があると思われる。                                《郡家》地名                               岐阜県本巣市郡府(ぐんぷ) 岐阜県大野町郡家(ぐげ) 大阪府高槻市郡家(ぐんげ) 香川県丸亀市郡家(ぐんげ) 兵庫県淡路市郡家(ぐんげ) 兵庫県篠山市郡家(ぐんげ) 神戸市御影町郡家(ぐんげ) 鳥取市郡家(こおげ) 鳥取県八頭町郡家(こおげ) 岐阜県神戸(ごおど)町の市街地は、安八郡郡家の推定地とされている。                            《条里》地名                                        条里制は班田収受法による口分田の位置を定めるために敷かれた土地割り制度で、田地を南北に~条、東西に~里で示した。そのため、「~条、~里」の地名が早くから開かれた全国の水田地帯に多くある。また、田地関係で「坪・反・免・面」等も条里制の名残の地名だ。濃尾平野の岐阜県瑞穂市には北から十七条、十八条、十九条の地名が並び、樽見鉄道に「十九条駅」がある。                                  《租庸調制の調》地名                                    東京都の調布市は「調 みつぎ」「布 ぬの」から地名がついている。世田谷区の「砧 きぬた」は、貢物の布を和やかにするために使う木や石の台の名である。正規の調は、「絹・糸・布(麻布)」で、その他は、特産物の「紅・茜・胡麻油・塩・漆・紙・鉄・魚」等だ。なお、広島県尾道市御調(みつぎ)、長崎県松浦市調川(つきのかわ)も「調」関係地名で、難読地名となっている。「調川」はすなおに「みつぎのかわ」と読み「み」が省略されて「つぎのかわ」となり、「つきのかわ」になったのだと考えれば、たいしたことはない。東京港区麻布は、麻の生えていた「麻生あざぶ」かも知れない。 左《若狭国一宮 若狭姫神社》                                                右《土讃線土佐一宮駅》                                                                                                                                                                                                                                                                                c0134145_16204532.jpg                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                c0134145_21293493.jpg
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by baba72885 | 2008-06-17 20:52
 春夏の甲子園は、おらが故郷の高等学校を応援せんと、にわか仕込みの郷土愛であれそれぞれのかたちで日本中が熱く燃える。いま、代表球児の郷里といえば、明治初頭に設置された各都道府県である。しかしその原点は、大化の改新のあと、朝廷が各地方の有力な豪族の「クニ」を分断して設置した「国」に始まる。水戸黄門のドラマを待たずとも、私たちはやれ土佐だ甲州だ、尾張だ越中だと何かと旧国を引き合いに出したがるし、それが郷土愛をくすぐるのだ。日露戦争の日本海海戦では、大日本帝国連合艦隊は東郷平八郎の指揮した旗艦「三笠」をはじめ戦艦「敷島・朝日・富士」と統一性のない名前の軍艦であったが、太平洋戦争の巨艦には 戦艦「大和・武蔵・陸奥・長門・信濃」等旧国名が付けられ、日本人の旧国名に対する特別な思いが感じられる。  ここで、都道府県名と旧国名の使い回しを見てみよう。「青森リンゴ・宮城米・秋田小町・静岡茶・奈良漬・宮崎牛」等は県名で流布している。旧国名で耳障りがいいのは「上州三山・越後獅子・甲州ブドウ・信州リンゴ・飛騨牛・美濃焼き・三州瓦・伊賀忍法・伊勢エビ・近江商人・越前カニ・加賀友禅・丹波黒豆・丹後ちりめん・但馬牛・備前焼・讃岐うどん・阿波踊り・伊予柑・土佐犬・肥後もっこす・薩摩隼人」等である。何といっても筋金入りの旧国民は、国立大学で唯一旧国名の「信州大学」と名付けた長野県民だ。田中康夫前知事は何かの折に、県名を長野から信州にしたいと発言したほど熱の入れようだ。ところで、旧国の中にも陸奥国津軽、岩代国会津、信濃国木曽、伊那はそれぞれ、「津軽新城駅」「会津若松市 会津本郷駅」「木曽福島駅」「伊那大島駅」のように国名を使わず、それぞれれっきとした津軽、会津、木曽、伊那のアイデンティティーを持っている地域がある。これらに匹敵する山梨県の郡内地方の人も、独特の方言もあることだし、甲斐国とは一線を画し郡内人としての独自性を発揮して欲しい。「ぐんないぐんないベイビー 涙こらえてー」などとこらえる必要なし。                                                                                            大化改新の詔第2条 「初修京師置畿内国司郡司・・・・」        古代中央政府は、各国に計画都市の「国府」を置き、国の長官として国司を派遣した。「更級日記」の著者の父菅原孝標は上総国司、「土佐日記」で名高い紀貫之は土佐国司、万葉歌人大友家持は越中と因幡国司、柿本人麻呂は石見国司、山上憶良は筑前と伯耆国司として任地に着いた。国府の所在地は「国府・府中・国分・古府」等の地名が残っているため、比較的その所在地を特定し易く、各地で発掘が進んでいる。                                ○ 「国府」地名が残る国                                                                                         下野国(栃木市) 上野国(群馬県高崎市) 下総国(千葉県市川市) 相模国(神奈川県大磯町) 甲斐国(山梨県笛吹市) 飛騨国《岐阜県高山市) 三河国(愛知県豊川市) 志摩国(三重県志摩市) 但馬国(兵庫県豊岡市) 因幡国(鳥取市) 伯耆国(鳥取県倉吉市) 備前国(岡山県瀬戸内市) 大和国(奈良県大和郡山市) 伊勢国(三重県鈴鹿市) 河内国(大阪府藤井寺市)                              ○ 「国分」地名が残る国                                 常陸国 (茨城県石岡市) 安房国(千葉県館山市) 越後国(新潟県上越市)  越中国(富山県射水市) 能登国(石川県七尾市) 伊勢国(三重県鈴鹿市) 摂津国(大阪市天王寺区) 河内国(大阪府柏原市) 和泉国(大阪府和泉市) 丹後国(京都府宮津市) 淡路国(兵庫県南あわじ市) 土佐国(高知県南国市) 豊前国(福岡県行橋市) 日向国(宮崎県西都原市) 大隈国(鹿児島県霧島市
                                   ○ 「府中」地名の残る国                               武蔵国(東京都府中市)常陸国(茨城県石岡市)下野国(栃木市)安房国(千葉県館山市府中)美濃国(岐阜県垂井町)若狭国(福井県小浜市府中)丹後国(京都府宮津市府中)紀伊国(和歌山市府中)備後国(広島県府中市)安芸国(広島県府中町)阿波国(徳島市府中)讃岐国(香川県坂出市府中)大隈国(鹿児島県霧島市国分府中)                                  なお、山口県下関市長府は長門府中、山口県防府市は周防府中、静岡市の旧名駿府は駿河府中である。                           福井県越前市武生にある北府(きたこう)は越前国府、兵庫県南あわじ市国衙(こくが)も国府所在地といわれている。                                                                                             左《美濃国府跡 垂井町府中》                                        右《河内国府跡 藤井寺市国府町》 国府八幡神社周辺c0134145_21475322.jpg                                                                                                                                                                                                                                                             c0134145_21202.jpg
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by baba72885 | 2008-06-10 21:01
「ごらんあれが竜飛岬北のはずれと 見知らぬ人が指をさす・・・」御存知、石川さゆりの名曲「津軽海峡冬景色」二番の冒頭だ。津軽半島「龍飛崎」は北海道の「襟裳岬」「知床岬」と並んでご当地演歌の大ヒットとともにその名を不朽のものにした。が、ちょっと待て!!作詞した阿久悠さんは、本来の地名である「龍飛崎(たっぴさき)」を勝手に「竜飛岬(たっぴみさき)」として、一番の歌詞である「上野発の夜行列車降りたときから・・・」の「夜行列車」の七文字に合わせるために窮余の策をとった。さすがに「ごらんあれがたっぴさーききたのはずれと・・」と歌っては間が抜けていていただけない。この歌がヒットした後、多くの人は「竜飛岬」と呼ぶようになってしまった。このように、各地の岬と崎地名は過去に何らかの理由で、呼び方が変化していることが多いと思う。さて、「岬」といえば映画「二十四の瞳」の「岬の学校」、「喜びも悲しみも幾歳月」の「灯台」、そしてフォークソング「岬めぐり」を思い出すが、独断でランクインした全国各地のトップ17の「岬」を北から列挙する。北海道宗谷岬(わが国最北の地)、知床岬(ザ手付かずの自然)、襟裳岬(何んといってもレコード大賞)、青森県龍飛崎(強風と津軽海峡冬景色)、大間崎(まぐろ・まぐろ)千葉県犬吠埼(銚子漁港と本州最東端)、新潟県出雲崎(荒海や 佐渡によこたふ 天の河 芭蕉)、静岡県石廊崎(伊豆はロマン)、御前崎(岬らしい名前NO1)、福井県越前岬(水仙と蟹そして波の華)、愛知県伊良湖岬(椰子の実の恋路が浜)、和歌山県潮岬(本州最南端の台風銀座)、島根県日御碕(特異な表記と神話の世界)、高知県室戸岬(海岸段丘とかつお漁)、足摺岬(小説の舞台、不思議な魅力で人をひきつける)、愛媛県佐田岬(その細長ーい形の半島の先へ行ってみたい) 鹿児島県都井岬(野生馬でしょうやはり)                              「ミサキ」の「ミ」は接頭語で「サキ」は「先」や前」のことで、漢字では「御崎・三崎・見崎・美崎・岬」と表現し、海や湖に向かって突き出た陸地の先端部を意味する。但し、漢字の「崎」 の本来の意味は①山が険しいこと、②岸の湾曲したところ、③山の出っ張ったところ を示す。山へんの「崎」以外に土へんの「埼」(埼玉県は先多摩県のこと)や石へんの「碕」があるが、犬吠埼が土っぽいとか日御碕が石っぽいとか無理に解釈する必要はない。一方、「岬」の本来の意味は①山のかたわら、②山の狭間 という意味だが、いつの間にか「御崎」と同じ意味になってしまった。なお、「サキ」と同類で、島根県の「美保関」や静岡県の「三保の松原」のようにまた、「ホ」も「稲穂」の用法と同じく①先端、②秀でたところという意味だ。                                  《犬吠埼の地名由来》                                千葉県の犬吠(いぬぼう)埼の地名由来は「オニ」が「イヌ」に、「ホウ」が「ボウ」に訛ったものだ。「鬼 オニ」は険しく猛々しい意味だし、「ホウ ボウ」は「ほうける」とか「ぼぼける」の意味の「崩」で、崩壊地形をあらわしている。つまり、険しく崩れやすい断崖絶壁という意味の「鬼崩 オニホウ」が「犬崩 イヌホウ イヌボウ」になり、犬は吠えるということで、「犬吠」と表記して誕生した地名だ。この地名の由来を解くカギが、南隣の「犬若」地区の地名にある。「イヌワカ」は「オニワカ」の転訛したもので、「ワカ」は「崩 ホケ ハケ ワケ」が訛ったものだ。確かにこの集落は海岸平地との差が25メートル位の海食崖を持つ隆起台地と崖の中腹にあり、この崩壊性の断崖は、犬若から南、名勝「屏風ヶ浦」へと続いている。犬若から崖下の銚子マリーナや大学のある潮見町へは厳しい坂道だ。そういえば福井県にある断崖絶壁の景勝地を「東尋坊 トウジンボウ」という。この「ボウ」も間違いなく「崩」の意味で、犬吠埼の地名由来の証人になってくれている。また、鹿児島県南さつま市坊ノ津は、古代から栄えた港で、隣には泊の地名もある。その坊津には坊岬がある。断崖絶壁の岬はまさに崩壊地形であり、この坊も「崩」の意味である。坊津の坊の意味は、けっして遣唐使の宿坊や坊舎に由来するのではない。また、島根県松江市の日本海岸には、犬堀鼻という岬がある。この堀も崩(ほう)が訛ったと思われる、急な断崖絶壁の岬だ。犬吠埼の現地には、地名由来として、源義経の愛犬伝説や、太平洋の海鳴りが犬の遠吠えに似ているとか海獣の声が犬の声に聞こえるとかのこじつけものがある。京都府の丹後半島にある「犬ヶ岬」は犬の形から名付けられたのではない、人を寄せ付けない断崖絶壁の岬だ。まさに「鬼ヶ岬」ではないか。内陸の坊地名の千葉県八街市太郎坊、石川県金沢市香林坊はともに、台地の崖下に位置する地名だ。                     尚、厳しい断崖の続く長崎県対馬市美津島町犬吠(いぬぼえ)と犬吠鼻の地名由来も千葉県のものとほぼ同じと思う。 左《崖の中腹にある犬若のバス停》                    右《犬吠埼の断崖》                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       c0134145_22171158.jpgc0134145_22173111.jpg
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by baba72885 | 2008-06-05 19:16

北海道の地名(その2)

⑤ 開拓・入植地につけた瑞祥地名                                      道南の倶知安町には「大和・瑞穂・出雲・扶桑・高砂・末広・旭」等があり、日本の国号や縁起の良い地名がずらりと並ぶ。十勝平野の士幌町には「平和・相互・共成・共豊・共進・共益・共立・協進・栄進・日進・豊進・旭・新光・新栄・開運・常盤」と連なり、町の地名のほとんどを占めている。同じく南隣の音更町には「平和・相生・共進・友進・開進・共愛・共力・共和・新栄・栄・豊・稔・稲穂・旭・光昇・光・誉・大和・瑞穂・万年・常盤・宝来」があり、それぞれの思いがたっぷり詰った地名だ。次に瑞祥地名を分類してみるが、めでたい日本語のオンパレードである。                                  ○ 仲間の協力と和・そして団結心                                       共立・共力・共栄・共和・協和・平和・光和・三和・厚和・長和・美和・中和・花和・東和・正和・弘和・日和・明和・多和・相生・相互・親睦・交友                                 ○ 心機一転、新天地での躍進                    新和・新光・新生・新興・新富・新栄・大新・大進・日進・拓新・光進・共進・更進                               ○ 開墾・開拓地に因む                         拓進・拓殖・拓成・拓北・拓実・開進・開成・開明・開南・美開・興和・天興・振興                          ○ 北の大空と太陽は明日への希望と夢                            大空・北斗・北星・新星・太陽・春光・久光・北光・光進・光陽・光昇・光台・有明・東雲・曙・日の出・暁・旭・朝日・旭台・旭ヶ丘・向陽・開陽・北陽・朝陽・南陽・柏陽                       ○ 豊で繁栄した生活を望む                                    黄金・豊金・豊栄・豊平・豊富・豊田・豊里・豊丘・豊野・豊原・永豊・豊郷・常豊・清豊・富原・富野・富郷・北栄・倉栄・共栄・昭栄・栄森・三栄・栄・千永・大栄・東栄・忠栄・新栄・祥栄・登栄・富栄・幾栄・光栄・農栄・緑栄・栄丘・稔・稲積・穂波・稲富                        ○ 明るく元気で永遠の生活を願う                               清明・明徳・明生・明和・東明・明野・昭野・弥生・永代・常盤・万年・万世・八千代・千歳・千代田・御園・若園・花園・若生・末広・太平・扶桑・高砂                                  ⑥ 入植者ゆかりの人名                                       南幌町石川、せたな町丹羽、伊達市、ニセコ町有島、浦臼町岩村 等                          ⑦ 日本の国号と元号                             大和・日東・敷島・瑞穂・豊葦(日本は「豊葦原瑞穂の国」といわれた)明治・大正・昭和                            ⑧ 自然地名(数少ないが、本土と同じでなんだか安らぎを覚える)                                 落合・中島・白川・大森・赤石・清水・宮田・中野・川上 等                           ⑨ 人文活動に伴う地名                           札幌市琴似は屯田兵初めての入植地だが、その北方の北区には、屯田町という地名が残っている。北見市端野には、屯田兵中隊本部の跡地を記念し「屯田の杜公園」があり、とん田西町には「とん田保育園」がある。園児達はずいぶん重い歴史を背負って保育されているのだなあと、妙に感慨にふけってしまう。他に、上湧別町北兵村・南兵村、旭川市上兵村・下兵村等屯田兵関係の地名が残っている。また、平地を中心に、「~線・~号・~条・~丁目・第~」の名が目立つが、これはモデルとなったアメリカのタウンシップ制に倣ったもので、碁盤目状の土地割り特有の地名である。石狩平野の北広島市から続く長沼町は、見事な碁盤目状の町で、中心部以外の地名はほとんど「~区」地名からなっている。また、まれにある追分、駒場、陣屋、住吉、鍛冶、大津、港町等は本土にもよくある地名だ。                                                                                           ⑩ その他北海道ならではの地名                             北都・緑・福満・東宝・愛国・幸福・勝農・愛牛・美畑・郷愛 等    さて、富良野市南部の西達布川と老節布川流域には何と「からまつ・とどまつ・くろまつ・あかまつ・あやめ・しらはぎ・たちばな・すみれ・のぎく・おもと・かえで・つつじ・さくら・あかしや」と平仮名の地名が集中してある。ぜひ一度は訪れたい場所だ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
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by baba72885 | 2008-06-02 20:27