地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

<   2009年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 古代三関(さんげん)は、北陸道の「愛発関」、東山道の「不破関」、東海道の「鈴鹿関」だが、いずれも近江国から東国への出口に位置しており、古代近江朝を守るための軍事目的で設置されたといわれている。その地名由来はその関跡とともに不明な点が多い。「愛発(あらち)関」の跡は不明だが、滋賀県と福井県境をいく疋田街道の要所に置かれていたことは間違いない。「あらち」とは「あらし」と同じく、山の急斜面の意味である。美濃国不破郡に置かれたので、「不破(ふわ)関」としたのだが、「ふわ」とはふわふわ、ぶわぶわした湿地の意味だ。この関跡は発掘調査され、全貌が明らかになりつつある。「鈴鹿関」跡もはっきりしないが、最近亀山市関町にその候補地が見つかった。関という地名が暗示してはいるが、果たして真実か。「すずか」は伊勢国鈴鹿郡からきているが、その意味は茫洋としてつかめない。語源辞典では、笹の生える土地、急傾斜地、遊水池とか、いろいろの説明がしてあるのだが。                                        ところで、三関といえば「奥州三古関」がある。福島県いわき市の東海道「勿来(なこそ)関」は、蝦夷の南下を防ぐ施設として、蝦夷よ「来る勿(な)かれ」という意味で「なこそ」としたとまことしやかにささやく人がいるが、それは違います。現地へ行って分かったことは、そこにある「文学歴史館」なるものを見るにつけ、どうもこの関は架空の産物ではないかということだ。そこに古くからある「名古曽(なこそ)」という地名に目をつけた江戸時代の平藩が、歌枕で有名な「勿来」はここだとばかりに「碑」を立てて観光客を引き寄せようとしたに違いない。今の勿来関跡は、海岸の高い丘の上にあり、街道が通過していたとも思われない。名古曽は、なだらかな海岸の狭い平坦地を表す地形用語で、現地にふさわしい福島県白河市の「白河関」は社川の谷平野にその関跡が比定されており、その地名由来は「白川」と同じく、澄んだ清流の意味だ。北陸道「鼠ヶ関」は、越後と出羽の国境、山形県鶴岡市にある。「ねず」は嶺(ね)と接尾語の「つ」なのか、ねちねちした土地なのか、ねじ曲がったところ、といろいろ考えられるが、現地をよく見てみないとわからない。c0134145_1005972.jpgc0134145_1041158.jpg
[PR]
by baba72885 | 2009-07-24 20:19
「ヒノクマ」は不思議な地名だ。和歌山市に紀伊の国一宮の「日前(ヒノクマ)神宮」があるが、その主祭神の名が、「ヒノクマノオオカミ」だ。紀ノ川下流に住んだ百済系の渡来人「東漢氏(やまとあやうじ)」が、この「ヒノクマノオオカミ」を携えて、大和国の飛鳥に移住した際につけた地名が、奈良県明日香村檜前(ひのくま)といわれている。当地にある檜隈寺跡は、東漢氏の氏寺の遺跡だ。                                    ところで、東京浅草の浅草寺の創建伝承は、推古36(628)年に、百済人の檜前(ヒノクマ)兄弟(浜成と竹成)が建てたとされる。「ヒノクマ」の名からこの二人は、ひょっとすると明日香村の檜前出身かもしれない。                               「ヒノクマ」地名はほかにもある。特に興味深いのは大分県日田市日ノ隈町だ。筑後川は、日田では「三隈三丘」と呼ばれる小高い山にそれぞれ中世のお城(砦)があり、その名も「日隈城・月隈城・星隈城」という。その日隈山の麓の町が日ノ隈町だ。かつて日隈山にあって、現在麓の日田市隈に移築した「曹洞宗真光寺」の住職さんの話(電話取材)では、ここの日隈は、「ヒノクマノオオカミ」とは関係ないだろうとのこと。日田市の中心部を流れる川を三隈川というのも、この三丘からきていると思う。ここの隈地名は、九州に多い「~隈」地名の一つで、やはり渡来人の香りがする。                        佐賀県神埼市の「日の隈山」は、西郷富士とも呼ばれ、かつては烽火台があって、火の隈山ともいった。やはり渡来系の地名だ。(マイブログ「熊本と古賀・古閑」地名の由来参照)
                                     高知県土佐市積善寺には「日ノ熊」という地名がある。すわ!と色めき立ったが、何のことはない、隣接する土佐市永野にある「影ノ地」と「日ノ地」という日かげと日なた集落の地名からすると、「日ノ熊」は、日の当たりにくい土地につけられた日陰地名だ。西向きの小さな洞にある集落で、朝日が当たるのは相当遅いと思われる。
[PR]
by baba72885 | 2009-07-08 20:51

「鯖江」の地名由来

  「さば」は、日本語では「サバサバ」した性格とか、刀でバサッと「さばく」いわゆる「刀裁き」のように「さば」を使うが、さばさばした土のことを「サバ土」ともいう。地方によっては、粘土に小砂が混ざったものをいう。福井県鯖江市のJR鯖江駅の西には「深江町」、東には「横江町」があり、さらに付近には吉江町もある。 このあたりは、日野川と穴田川に挟まれた砂質の沖積地であり、まさに「サバ土」の「江」の地形名だ。                                   日野川の上流には、南越前町鯖波(さばなみ)があり、鯖江と同じような地形で、水田地帯となっている。岐阜市柳津町佐波(さば)は、旧木曽川の本流である境川の自然堤防上の集落名だ。砂質の「サバ土」をいった地名だろう。                                  一方、山口県萩市の沖合に浮かぶ無人島の「鯖島」は、周囲を断崖絶壁に囲まれた島だ。バサッと刀でさばかれたような絶壁の様子から「鯖島」としたのだ。山口市鯖地は、問田川に落ちる緩傾斜地の集落であり、「さばく」という動詞の」意味で、バサッとさばかれた傾斜地の浸食地形を表している。同じ山口市には鯖河内、上小鯖があるが、ここは「沢(サハ)」が訛って「鯖」になったかもしれない。                     左《岐阜市佐波》c0134145_2128632.jpg 
[PR]
by baba72885 | 2009-07-01 10:05