地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

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「大室山」の地名由来

「ムロ」は山のこと                                               静岡県伊東市の大室山(580m)は、伊豆富士と言われている円錐形の火山で、その姿に魅せられた観光客が多い。かれこれ20年前にサボテン公園を見学した折り、リフトで気軽に登った。火口を一周する散歩コースは、独立峰が故にすばらしい景色が堪能できる。さて、「大室」は「ムロ」がその語源だ。「ムロ・ムレ・モロ・モリ」は同源で、古代朝鮮語から入った和語で、山の意味だ。確かに「~森」や「~丸」という山名は多い。丹沢山系の大室山(1588m)は、かつて「大群(おおむれ)山」とか「大牟礼山」と呼ばれていた。長野県安曇野市の室山(793m)は、安曇野にポコンと鎮座する小さな山で、人々はその山をまさに「ムロ」と呼んだ。大分県杵築市大村山(419m)は、別名を大牟礼山という。他に、新潟県胎内市牟礼山(616m)、大分県由布市花牟礼山(1174m)                              名古屋市守山区には「大森」という地名があるが、旧守山市の中心にあり、守山の由来は森山ではないかと思う。 なお、神社の鎮守の森は「杜(もり)」という。                             左《安曇野市の室山》          右《バス停》c0134145_8532797.jpgc0134145_8534788.jpg
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by baba72885 | 2009-10-13 08:02
埼玉県朝霞市膝折には、旧川越街道の「膝折宿」があった。地名由来に漢字そのままの意味を当てているものは、眉唾物が大半だ。ここにも人や馬の膝が折れる云々という地名由来説があるが、膝折地名由来の真実は、そうではない。「ひざ」は「ひじ」にも通じ、人体の足と腕のあの部分をそう呼んでいる。手足を曲げる大切な結節点となっていて、曲げると骨が突出する所だ。「ひざ・ひじ・ひし」は、曲がり角や切り立った斜面を意味する。温泉で有名な山形県大蔵村の肘折(ひじおり)は、銅山川の狭い谷底平野にあり、背後には急崖が連なっており、典型的な地形名だ。鹿児島県伊佐市菱刈(ひしかり)なども同類地名だ。一方、折は「降りる・下る」という意味で、坂道を示している。岐阜県恵那市竹折(たけおり)は、高いところから降りる場所を意味する「たかおり」が転化したものだ。現地は、槙ヶ根(まきがね)峠を下りた場所の集落だ。埼玉県鶴ヶ島市脚折(すねおり)や羽折(はねおり)等も降りる意味だ。すなわち膝折は、「切り立った斜面を降りたところ」という意味だ。朝霞市の現地は黒目川へ下るかなり急な斜面があり、まさに地形にふさわしい地名だ。愛知県には数キロメートルに隣接して膝折地名が三角形をなしてある。この地方の言葉の癖であったのだろう。もちろん、いずれも斜面の卓越した地形だ。①愛知県大府市横根町膝折(写真参照)c0134145_22393767.jpg ②東海市大田町膝折には集落がなく、畑と山林の小さな字名だ ③東浦町緒川の膝折は山麓斜面の小集落だ。右《朝霞市膝折》
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by baba72885 | 2009-10-04 11:01
ダム建設工事中止で揺れる群馬県長野原町八ッ場(やんば)の地名は、毎日のようにマスコミから流れてくる。早速朝6時に我が家を出て、長野県上田市から嬬恋村を経て9時半にたどり着いた。不思議な響きを持つ「やんば」は、耳につく地名だが、現地は吾妻川のつくる名勝「吾妻峡」にある険しい地形の場所だ。「やんば」という言葉の起源は、大地を切り裂く意味の「裂(やば)く」から「やば」となり、音便化して「やんば」になったと思う。話言葉では、単純に「ヤッバ」い地形に付けられた地名で、それを「八ツ場」と漢字表記したのだ。ヤッバは音便化すると、ヤンバになる。音が変わっても表記だけがそのまま残ったのだ。                                さて、大分県中津市の景勝地「耶馬溪(やばけい)」や福岡県那珂川町の那珂川上流の「筑紫耶馬溪」も同じ語源からきている。若者が思わず「やばい!」と声を上げる渓谷美を誇る。ちなみに、昭和22年に出来た群馬県の「上毛かるた」では「や」の札が「耶馬溪しのぐ吾妻峡」とある。これは私の説を強力に援護してくれる。つまり、「八ッ場」付近はその昔「やば渓谷・やば峡」と言われていたことを思わせる。だから、九州の耶馬溪をライバル視したのだ。なお、長野原町のホームページでは、地名由来として次の3つの説をあげている。①矢場 ②谷場 ③八つの穴場 また、地名学者の楠原佑介氏の説は、鮎をとる「簗場(やなば)」が「やんば」になったとしているが、「簗場」というのは、落ち鮎を追い込む施設で、そこそこの広い河原が必要です。私が見た長良川や付知川の多くの「簗場」を見ても広い河原があります。ダム建設が持ち上がるような吾妻川のこの険しい渓谷では、とても梁を張れる様な場所はありません。また、上流に浅間山、四阿山、本白根山などの火山地帯を控えた吾妻川は悪水が流れ、特に草津温泉から流れ出る支流の湯川はひどく、品木ダムで浄化されてなんとか魚が住めるようになったとも言われている。お墓参りをしていた現地の家族に鮎の事を聞いたら、案の定このあたりでは鮎漁は出来ないとのこと。地名が定着する頃の古代から近世にかけて簗場がもうけられていたともとうてい思えない。それに、これらの説では、「ツ」の意味が語られていないのは、自己矛盾に陥るからでしょう。                                         左《八ッ場を流れる吾妻川》                             右《八ッ場ダム堰堤予定地》c0134145_20325046.jpgc0134145_20332026.jpg
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by baba72885 | 2009-10-03 11:11