地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

<   2010年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧

十文字という地名

山形県鶴岡市の旧羽黒町や藤島町にある十文字という」地名は味わいのある地名だ。今、大きな十字路があるわけではないが、地名にする頃には、おそらく大切な道の交差点になったいたのだろう。新潟県村上市の十字路は今も国道7号線と113号線の重要な交差点になっている。大切な道の交差点のある場所を四つ角や十字路、十文字等と名付けるのは素朴で好感が持てる。                                 左《羽黒町十文字》立派なコンクリート地名表示があるが・・しかも時計付きだ。全国的に見ても貴重な景観だと思う 右《村上市十文字》c0134145_2013717.jpgc0134145_2021374.jpg
[PR]
by baba72885 | 2010-09-15 20:02
「ごらんあれが竜飛岬北のはずれと 見知らぬ人が指をさす・・・」津軽海峡冬景色の二番で石川さゆりが唄う雨の竜飛に立ったのは、9月11日9時45分 駐車場にちいさな三軒のお店が並ぶが、客はあまり見かけない。今別の海岸からアプローチしたのだが、地形的に竜飛は陸からかは見えなく、海からしか「ごらんあれが竜飛岬」と指はさせない。阿久悠さんはどんなイメージで歌詞をつくったのだろうか。                         竜飛とは突飛という言葉から来ており、まさに現地の地形通りの飛び出した突端という意味だ。                                                さて、その表記だが、五所川原市辺りからの道路標識はすべて「竜飛」の表記になっており、地元のひとの呼び方(一般名詞的な意味)を忠実に示していて好ましい。お店のおばさん達にもその辺りのことを確かめたが、誰一人として「竜飛崎」とかいわんや「竜飛岬」とは言わないとのこと。予想通りのことだったが、竜飛岬を全国区にした阿久悠さんの罪は重い。彼はたぶん音符との語呂合わせで「ごらんあれが竜飛(たーっぴ」とか「ごらんあれが竜飛崎(たっぴさーき)」とは間が抜けて我慢できなかったのだ。                                お店のグッズも混乱しており参考に三つ購入して写真にした。タオルは竜飛崎、絵はがきは竜飛、シールは竜飛岬とある。国土地理院が竜飛を地名らしく「竜飛崎」と表記したので、今は普通は「竜飛崎」で通っている。海上保安庁の灯台は「竜飛崎灯台」の表記だが、国土交通省管轄の道の駅は「竜飛岬」の名前であった。実に嘆かわしいことだ。                                            左《津軽海峡冬景色記念歌碑広場からみた灯台、歌詞の前の赤いボタンを押すと、大音声の歌が流れてくる》                                   c0134145_828253.jpgc0134145_8285231.jpg
[PR]
by baba72885 | 2010-09-14 08:27

山形の芋煮とリンゴ

9月12日の日曜日、東北地名めぐりの最終日、35年ぶりの山形県朝日町新宿(あらじゅく)の知人を訪ねたら、男の手料理ということで、里芋、牛肉、ゴボウ、ネギ、」タマネギなどを煮込んだモノをいただいた。べらぼうに美味かった。私が2泊もお世話になった当時は17歳だった彼だが今は52歳のお父さんになっていた。25歳の息子さんを交えて旧交を温めてきた。本当に35年の歳月を巻き戻した一時だった。あのときやさしく迎えて下さったお父さんは、すでに他界され、お母さんは老人クラブに出かけられてご不在だった。母さんには美味しい山形のお料理をつくって頂いた憶えがある。合いたかった、合って思い切りお礼を言いたかった。これから小国町の地名をいくつかやっつけて車で8時間かかる自宅まで帰らなければと、またの再会を約束して早々に帰路についたが、帰り際に「山形りんご」を畑の枝からとったそのままを沢山お土産にいただいた。私のお土産の「名古屋きしめん」では釣り合いがとれるはずもなく、あとでご所望の「すがきや味噌煮込みうどん」を贈ることにした。本当にそんなものがあるのか、これから探そう。どこにあるのだ「すがきや味噌煮込みうどん」
c0134145_21352613.jpg

[PR]
by baba72885 | 2010-09-13 21:35
福島県猪苗代町の猪苗代署の前に、「和光写真」館さんがある。お店の大将である若い二人のご夫婦が、にこやかにそして詳しく丁寧に名古屋町を教えて下さった。教え上手な人は案外少ないのだが、おかげさまでなかなか発見できなかったちいさな「名古屋町」のプレートに行き着くことができた。なんと背後にでーんと磐梯山が聳え、下の写真の構図が出来上がった。ありがとうございました、人も土地もc0134145_18245995.jpgとても和やかな町だった。(9月10日)
[PR]
by baba72885 | 2010-09-13 18:25

「鶴泊」と岩木山

五所川原駅前の居酒屋「きらくん坊」は餃子と鮮魚がうまい。私はおつくりと餃子でうまい熱燗をいただいた。津軽談義をしたイケメンのお兄さんと食べた煮魚もうまかったが、アイナメという魚だったか。夕映えの岩木山を前に、お兄さんと約束したとおり岩木山を私のおらが富士ランキングの4位から第3位に昇格させることにした。                                     一方イケメン兄さんがあまり関心の無かった鶴田町の鶴田、鶴泊はやはり鳥の鶴関連の地名ではなく、十三湖からつづく津軽平野にたくさんある水溜まり、湿地帯を表す「つる」地名だという確信を得られた。もちろんかつては鳥の鶴も飛来したかも知れないが。
 竜飛から日本海岸を山形県鶴岡まで走ったが、潟湖(せきこ)由来の沼や水溜まりの多いことおびただしい。十三湖や象潟が特に有名だが、他にも多い。左《夕映えの津軽富士》c0134145_21231727.jpgc0134145_21251794.jpg
[PR]
by baba72885 | 2010-09-12 21:25
 第三セクター「明知鉄道」を活性化しようとしてあるのが、「明知鉄道沿線地域公共交通活性化協議会」だ。9月5日恵那市山岡町公民館へその協議会が主催するトークセッションに行って来た。コーディネーターを名古屋大学准教授加藤博和工学博士がつとめ、4人のパネラーが意見を述べた。その中で最も実現可能で、現実的かつ郷土愛に満ちた提案をされた方が、山岡町夢未来実行委員会委員長の櫻井八朗さんだ。何もない山岡だが、豊かな自然と暖かい人情がある。山岡をウオーキングの里にして、明知鉄道の利用者を増やそうというものだ。地元の人は何もないと謙遜して見えるが、産業では天然・工業寒天の製造や陶土の生産が古くからある。温泉や滝、公園、由緒ある社寺などもあり、四季を通じてウオーキングには事欠かない町だ。 セッションの最後に司会者から会場へ意見を一人だけ求められたので、躊躇無く挙手して次の提案をした。                                    ①山岡は遠山村と鶴岡村が合併した時の合成地名でインパクトに欠ける。「遠山の里を歩こう」、とか「鶴岡コース」として歴史的由緒のある地名を全面に出そう。東京でも大阪でも「金さん」ゆかりの「遠山の里」といえば目を引くに違いない。駅名も「山岡駅」からもとに戻して「遠山駅」に改名したい。                                        ②ウオーキングコースに地名由来や寺社などの案内板を設置すること。手向、釜屋、花白や馬場山田などの地名由来は誰しも知りたいものだ。(地名由来は私に任せてください) ただし、集合駅をJR恵那駅にして明知鉄道の乗客を増やす。                                        ③人情厚いい山里の言葉を「恵那弁」に特化し、訪問者の旅情をかき立てよう。店や道で行き交う人はとにかくこてこての「恵那弁」を使おう。山岡は「恵那弁」の故郷となれば、東京や大阪など遠く故郷を離れた恵那人も恵那駅から明知鉄道にのり、山岡にやってくる。「ようおいでんさったなも、どこ歩いても、どさないで、気楽に歩きんさい。歩くのにえげて、たるーなったらみんなで寒天の店で美味い寒天料理食べて帰りんさい。」                                                              ④恵那の人情は「恵那雑巾」といわれる。(私のブログ参照)恵那雑巾の記念碑を駅前辺りにつくったら、また訪ねる人も多くなる。               右《櫻井さんのレジュメ》c0134145_8201232.jpgc0134145_18441352.jpg
[PR]
by baba72885 | 2010-09-05 18:44

「早稲田」の地名由来

「早稲田」の地名由来は、水田や稲作からきているのではありません。全国に早生品種の稲作を行うところは数え切れないほどあります。至るところに早稲田という地名が無いのは、早稲田が水田とは関係ないことを示唆しています。                                        新宿区早稲田は古くは小さな川が入りくんだ地形になっており、「わせ」は裂(わざ)くとか「わざわい」の「わざ・わさ」が語源です。田は場所を表す処(と・た)で、高田馬場の高田も高い場所を表している。                         青森市鶴ヶ坂には早稲田という小さな集落があります。そこは狭い谷になっており、そこを流れる小さな川には早稲田橋が架かっていました。また、青森県深浦町沢辺には早稲田川という短い川が日本海に注いでいます。その流域は水田はおろか、まともな平地もなく、まさに狭い入りくんだ谷を言い表した名前です。河口近くの道路にやはり早稲田橋がありました。小さすぎて発見に苦労しました。                               「つちのこ」騒動で有名な岐阜県加茂郡東白川村神土には「和世田(わせだ)」という地名があります。あえて「早稲田」の表記でないのは村人の良識というもので、水田ができそうもないところにその名をはばかったのだろう。高山市丹生川町早稲田や飛騨市古川町早稲田も山間の狭い谷だ。また岐阜県下呂市門和佐(かどわさ)も同じような地形で、「わさ」の地形名です。                                          漢字の意味通りの地名由来は、歴史的に記録があるもの以外はほぼ間違いです。歴史的記録でも「そこに早稲田があった」と書いてある古文書は当てになりません。それはその時点で書いた人の考えになっているからです。古文書の記録として信用すべきは、その地に宛てて「凶作に備えて早生品種の稲を栽培せよ」というようなお触れや藩主・領主の「覚」があれば間違いない。   左《青森市早稲田の早稲田橋》                 右《深浦町の早稲田川にかかる早稲田橋》c0134145_21394068.jpgc0134145_21522119.jpg
[PR]
by baba72885 | 2010-09-05 08:24

「艫作」の地名由来

青森県深浦町艫作(へなし)の地名由来は、艫を作ったことからきているのではない。                                          その昔、朝鮮か渤海国の船が難破してこの辺りにたどり着いた。そこで船の艫(とも・へさき)を作り直して出航させたことから名付けられたという稚拙な地名伝説は漢字の表記が成せる技だ。                                                         真実の地名由来のヒントは「作」を「なし」とよんでいる所にある。付近には日本海に突き出た艫作崎がある。「へ・なし」とは単に「その辺(あたり)」という意味だが、沖合の船から見るとこの半島が艫に似ているので艫成(へなし)崎と名付けたのだ。いつの間にか艫を作るという話が先行して、艫作と表記したのだ。                               岐阜県関市の平成(へなり)は小さな谷のささやかな平地の集落だが、単にその辺の村という意味だ。すぐ北には「水成」という地名もある。                                          沖縄本島の最北端の「辺戸(へど)岬」も似たような地名なのだ。写真はJR五能線艫作駅
c0134145_8385674.jpg
  
[PR]
by baba72885 | 2010-09-02 20:14