地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

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京都市伏見区の桃山町には、桓武天皇陵や伏見桃山城址、伏見桃山陵等がある。「ももやま」の「もも」の表記には縁起の良い「桃」や「百」の漢字が多く用いられるが、「もも」は「まま」の訛ったものだ。継母などにも使われる、「継(まま)」は崖地や急斜面地を意味する言葉だ。「まま」は「ばば」にも訛り、馬場という地名にもなっている。京都の桃山はまさに崖地の多い山という意味にふさわしい地名で、築城には絶好の地であった。                                岐阜県中津川市桃山もそうした地形名で、小字の大岩は奇岩怪石が多い名所となっている。その中でも女夫岩は、天下一品の奇岩(珍岩)で、訪れる人の顔も思わずほころぶ。(JR中津川駅徒歩7分)                               左《碧空にそそり立つ男根岩》            右《陰石》c0134145_9213691.jpgc0134145_9221348.jpg
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by baba72885 | 2010-10-04 09:13
名古屋市中川区には二女子、四女子、五女子(ごにょうし・ごにょし)という地名がある。その地名由来には、その昔、某豪族の娘云々といういかがわしい地名伝説があるが、これも漢字表記に惑わされたもので恥ずかしくてとても口にできない。                                              ところで、富山県高岡市には三女子(さんよし)という地名がある。「女子」を重ねると「好」という字になる。すなわち「三好」を分割して「三女子」と書き、読みはそのまま「さんよし」としているのだ。「さんよし」の「さん」の意味ははかりかねるが、名古屋の場合のように開墾地の番号に因むかも知れない。「よし」とは「葦(よし・あし)」の生えている低湿地によく使われる地名で、高岡市の三女子も庄川の河原につづく場所でかつては葦原だったのだ。                                    さて、名古屋の五女子ももとは「五好」ではなかったのか。現地は中川運河沿いの海抜0m地帯だ。周辺とは数mの差があり、中世以前は葦原であったに違いない。「よし」に因む地名として驚く無かれ「四女子」の隣には「好本(よしもと)町」があるではないか。そこをやがて佐屋街道となる古い道を通し、湿地帯の開墾をしてそこに地区割りの番号をふったと思う。かつては一女子から七女子まであったというから、開墾地名の新田の番号に間違いない。この秋、インターからの道を間違えてひょんなことから高岡市の高岡大橋を西に向かっていたら、突然目の前に現れた「三女子」地名で度肝を抜かれたが、「五女子」の地名由来を解くヒントをくれた。                               左《名古屋五女子》右《高岡市三女子》c0134145_8343564.jpgc0134145_8345770.jpg
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by baba72885 | 2010-10-03 08:18