地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

「白金」の地名由来と「白銀町」

城があるのに、シロガネーゼ                                         『・・川上啓子は長者丸の街から見上げる、その景色が好きだ。「長者丸」というのは、昭和四十二年までは「品川区上大崎町長者丸」とよばれていた町の名で、・・・たぶん伝説だろうけれど、鎌倉から南北朝時代のむかし、芝白金には白金長者というのがいて、その長者の館か何かがあった土地ではないかという。・・』(内田康夫著「皇女の霊柩」 新潮文庫 P12)         東京港区の白金(しろかね)の地名由来については、誰が最初に述べたのか、何をひもといても白金長者から地名がついたとしている。                                          「白金」の真実は「城ヶ根(しろかね しろがね じょうがね)」である。「ね」とは「うね 畝」「みね 峯」「おね 尾根」「むね 棟」「やね 屋根」のように、周囲より高い部分の地形を表している。もともとの漢字は「高嶺の花」というように「嶺」であるが、ほとんどの場合「根」という字を使っている。「城ヶ根」地名は中世の豪族屋敷村の城や砦、館のある高台や小山、尾根等を表している。愛知県豊田市城ヶ根には「御作城」があり、岐阜県中津川市城ヶ根には「広恵寺城」があった。また、愛知県瀬戸市城ヶ根町も髙い尾根の上にあり、古城のあった場所だ。                 さて、今一度「白金長者」伝説を追ってみよう。港区白金台にある国立自然教育園には「白金長者屋敷」という古城址があり、今も土塁が残っている。この長者は応安年間(14世紀後半)にこの一帯を支配していた豪族の柳下上総之介のことで、幾多の白銀を蓄えていたところから「白金長者」といわれるようになったという。豪族(長者)が上総之介かどうかの真偽はともかく、この台地に豪族の居城があったことは確かである。地形的には海岸段丘である荏原台地に属する白金界隈は、江戸時代には白金原と呼ばれた原野であったという。いつしか人は、この砦館のある高台を「城ヶ根 しろがね」と呼び、「白金」という瑞祥地名の好字に変えられたあと、長者の伝説を流布させたのだろう。                                       一方、皇居外濠から神楽坂を上り詰めると、牛込台地に新宿区白銀(しろがね)町がある。平安末から鎌倉時代にかけてこのあたりは秩父重継が支配していたといわれ、その砦か居城があったかもしれない。その後、太田道灌の江戸城が長禄元(1457)年に完成したが、谷を挟んで家臣の支城がこのあたりにあったかもしれない。さらに天文24(1555)年に上州の大胡氏がここに移り住み、牛込氏を名乗ったとされ、牛込袋町の光照寺境内にある土塁から、ここに牛込城があったという言い伝えもある。白銀町もやはり「城ヶ根」がその由来であり、芝白金の地名由来を補強してくれている。千葉県佐倉市白銀もやはり「城ヶ根」である。その城は隣接する千葉県酒々井町本佐倉にある「本佐倉城」とその向かいにある「向根古谷城」のあった山である。青森県八戸市白銀町にも「堀の内」「堀の外」等という地名があり、豪族屋敷村を思わしめる。                                         「根」の話を続けよう。                                            先の小説は芝白金と中津川市馬籠を結ぶミステリーだ、その6ページの地図の上、国道19号線を木曽谷に向かって走ってみる。岐阜県恵那市武並町から恵那市街地に入る峠を「槙ヶ根(まきがね)峠」という。市街地を抜けると「雀子ヶ根(すずめこがね)」という解析扇状地の丘陵部を通る。国道はやがて中津川市に入り「与ヶ根(よっかね)」を過ぎ、市街地東部を通過すると「上金(うえがね)」がある。中山道が貫くそこは、「上ヶ根」を意味し、市街地から見えるその高台は「旭ヶ丘」という名で親しまれている。やがて左手に木曽谷の入り口の坂下が見えてくる。そこには「時鐘(ときがね)」、「上鐘(うえがね)」があり、いずれも台地状の尾根になっている。木曽谷の南木曽町田立には「大野正兼(おおのしょうかね)」があり、同じく南木曽町の北部には「十二兼(じゅうにかね)」がある。                                   奥日光の白根山や群馬県の草津白根山,南アルプス白根山は、まさに美しく白い峰の、ザ「白嶺(しらね)山」 であろう。霊峰、秀峰の麓には、長野県駒ヶ根(木曽駒ケ岳)、御殿場市高根(富士山)、山形県東根(奥羽山脈)、福島県滝根(大滝根山)、山梨県北杜市高根(八ヶ岳)、岐阜県高山市高根(御岳・乗鞍岳)、愛知県豊根(茶臼山)のように「根」のつく地名がある。一見すると「根」は麓の意味ともとれそうだが、そうではなくて、眼前の偉容を誇る高嶺を見上げて命名したのだろう。群馬県の赤城山を昔は黒峰(くろほ)といった。今その麓には桐生市黒保根(旧黒保根村)の地名が残る。 まさか、木曽駒ケ岳の根元にあるから「駒ヶ根市」としたというのでは、興ざめで悲しすぎる。                                                   左 《白金台の自然教育園》        右《瀬戸市城ヶ根町》c0134145_2243573.jpg                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           c0134145_18534056.jpg
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by baba72885 | 2007-09-22 21:01