地名の由来が一目でわかる!


by baba72885

「中(なか)」地名の魅力

「なか」は仲良しに通ずる地名                                                 「せなか」は体の背(せ)の真ん中だから「背中」と書く、ならば「おなか」は表(お)の真ん中にあるから「表中」と書くべきなのに、なぜか「お腹」と書く。中国語の「腹」の字を使っているが、和語の「おなか」を大切にしたい。海外の言語で、まさか腹の名に「センター」の意味をもつものがあるとは思えない。日本人は地名のみならず、体の名称においても「真ん中」という概念に対する畏敬の念が感じられる。「なか」の「な」は「ならす・なめらか・なだらか・なおる」等の言葉から、おおよその意味が浮かんでくる。もしくは、「な」そのものがすでに「真ん中」の意味を含んでいるとも考えられる。「か」は「処(こ・か)」であり、場所のことだ。したがって、「なか」は周辺地域の中で一番暮らしやすく、大切にされた良い集落(ムレ・ムラ)につけられた地名である。
  福岡県の博多は昔「那(な)国」とか「那ノ津」と呼ばれていた。現在も「那ノ津大橋」や「那の津通」等にその名残が見える。また、博多区には「那珂(なか)」という地名もあり、その名をとって福岡市の都心を貫き、博多湾にそそぐ川の名を「那珂川」という。「那国」は、後漢の光武帝から授かった例の金印に書かれた「漢委奴国王」に見える「奴(な)国」のことである。ここ博多付近は、生活の場として最高に恵まれた条件の場所であることを示し、考古学的には付近の「板付遺跡」の発掘成果が、その文化程度の高さを証明している。徳島県の「那賀川」や茨城県で太平洋にそそぐ「那珂川」も、「なか」にふさわしい豊かな大地を流れている。この「那珂川」下流では、合併により「ひたちなか市」と「那珂市」という新市が隣り合わせで誕生して紛らわしいが、それだけ「なか」へのこだわりが強いということだ。札幌を除く都府県庁を中心に、ざっと「なか」地名を拾うと、漢字としてはほとんど「中」が使われている。さらに地名に注目すると「中村・中里・中島・中野・中田」が多く、住みやすいムラを思わせる。                       長島温泉で有名な三重県桑名市長島(ながしま)町は、町全体が木曽三川(木曽・長良・揖斐)の形成した三角州にあり、周囲をぐるりと堤防に囲まれた完全な「輪中集落」である「川中島」の呈をなしている。本来なら「中島(なかしま)」となるべき地形名であるが、この輪中は南北に細長いので「長島」と濁音になってしまった。「中」が「長」や「永」に変わってしまった地名も各地に多く見られるので、注意を要する。長野市「長野」は善光寺のある場所の地名だ。背後に丘陵地を控え、南向きで日当たりもよく、このあたりでは一番良い場所に寺を建立したと思われるので、やはり地名の由来は「中野」ではないかと思う。長野市の北方、北信の中心地には正真正銘の「中野市」があるが、長野市と発音が似ており、よく間違えられて困る、と中野市民はなんとなく憂鬱を抱えている。石川県金沢市の都心部には「中橋」「中村」「長田」があるが、この「長田」も「中田」であろう。岐阜県恵那市の中心部には「永田」「長島」「中野」という地名が一箇所にかたまっている。いつのころからか「中田(なかた)」が「永田(ながた)」になり、「中島」が「長島(ながしま)」になり、さらに「長島」を「おさしま」と呼ぶようになった。日本の常民の発音の妙と情念の豊かさを感じる。   《奈良県天理市中町》                                                                                                                                                                                                                                                                                                c0134145_10343841.jpg
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by baba72885 | 2007-10-12 22:29