地名の由来が一目でわかる!


by baba72885
東京の人は私たちを地方人と呼ぶが、日本の真ん真ん中に住む者にとって、新宿行きのバスに乗って信州、甲州と進むにつれ、東京がどんなに賑わっていようと「東下り」という感じがして、田舎に向かって行くような気分になる。それにくらべ、岡山行きの「ひかり」に乗ると「さあ都に上るぞ」という気分になる。確かに、近畿、中国地方は実際どこを歩いても歴史の重みをずっしりと感じるし、日本文化の原点に触れられる。ふさふさと毛むくじゃらで、むさ苦しい姿の蝦夷(えみし)が住んでいた東国を、都の人はそれぞれ「毛」の国とか「ムサ」国、「フサ」国と名付けたのだろうか。さて、古代律令体制がととのう前の地方は、それぞれの有力豪族が割拠し、「クニ」を形成していた。よく知られたものに九州の「筑紫クニ」や「豊クニ」、中国の「吉備クニ」、北陸の「越クニ」等がある。関東地方は、①「ケヌクニ」〈群馬・栃木)、②「ムサクニ」〈埼玉・東京・神奈川)、③「ヒタクニ」(茨城)、④「フサクニ」〈千葉)の4クニがあった。「ケヌ・ケノ」の「ケ」とは「毛」で、「毛野国」と表記された。「毛」は作物や木を意味するという。そういえば一毛作とか二毛作という言葉がある。律令国家は地方豪族の勢力を分断するため、多くの「クニ」を分割して「国」を設置した。「毛野国」は分割され、都に近いほうを「上毛野国(かみつけのくに・こうずけのくに)」、遠いほうを「下毛野国(しもつけのくに)」とした。後に、二文字にせよというお触れが出た際、読みどおりに「上毛国」、「下毛国」でいいのだが、品が無いということで「上野国」、「下野国」と表記して読みとの間に齟齬をきたしてしまった。大事な「毛」の字を欠いてしまっては元も子もないが、今JR両毛線に「毛」の字がのこっているので面目が立っている。栃木県にはJR烏山線に「下野花岡駅」があるのに、群馬県ではJR吾妻線「群馬原町駅」やJR信越本線「群馬八幡駅」と県名を使い、旧国名の「上野・上州」を使わないのはなぜだ。上信電鉄はその名にあやかってか、上州をかぶせた駅名が多い。ところで、栃木県に源を発する鬼怒川は毛野川の訛ったものであることはほぼ間違いない。「ムサ」の意味は植物に由来し、武蔵野の荒れ野原で風にそよぐ麻の一種か雑草類のことだという。都に近いほうを「ムサカミ(牟佐上)」
とし、ムを省略して「サカミ・サガミ〈相模)」国とした。一方は「ムサシモ」とし、モを省略して、「ムサシ(武蔵)」国とした。棘(いばら)のはびこる茨城県一帯は、かつて大和政権のフロンティアにあたり、蝦夷地を意味する「ヒタカミ(日高見)」と称していたことから、「ヒタチ(常陸)」国とした。しかし、単に蝦夷(ヒナ)が訛って「ヒダ・ヒタ」となったと考える方が飛騨や信濃(ヒナノ・シナノ)の例からも分かりやすい。「フサ」は古語でいう植物の「総」で、麻とほぼ同じ語義だ。房総半島は武蔵野と違って温暖な気候条件であり、麻類がより繁茂していただろう。分割後は、都からは海から入ることにより、南を「カミフサ・カズサ(上総)」国、北を「シモフサ・シモウサ(下総)」国とした。中部より以東の関東にはかつて蝦夷が住んでおり、やがて蝦夷を駆逐した後には、開墾・屯田のために多くの渡来人を置いたりした。ふさふさ〈総国)した毛(毛野国)むくじゃらのむさ(牟佐国)苦しいヒナ〈ヒタ国)が住んでいたことから、地名がついたと思ってしまいたいものだ。                 
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# by baba72885 | 2008-04-16 21:01
 人が初めて地名を付けたのは、危険な場所と悪所を知らせるためだった。悪所を示す素朴な言葉の地名は各地に多い。ビショビショした湿地帯につけられた「美女」という地名は先述した。静岡市の登呂遺跡の「トロ」はドロ(泥)の湿地であり、稲作を行っていた弥生人の存在は然るべきことだ。ドロの「ダ行」はダブダブ、ドブ(溝)、デブ等良いイメージではない。さて、悪所そのままの「アク」地名は湿地である。明智光秀本貫の地、岐阜県可児市明智は可児川沿いの低湿地だ。鹿児島県阿久根市をはじめ、秋津、圷(あくつ)、阿久津、赤田、明田、芥、悪田と各地に多い。「ナ行」も「ネバネバ、ヌルヌル、ノロノロ」というイメージで、湿地の代表格の地名が多く、長野県根羽村、群馬県沼田市・下仁田町、千葉県野田市等があるが、「ニタ・ヌタ」が「ムタ」になり、福岡県大牟田市や各地の無田、六田、さらに変化し東京都渋谷区宇田川町、奈良県大宇陀町の「ウダ」も湿地地名だ。東京都北区浮間(うきま)は、湿地をあらわす「ウキ」地名だ。そこは北を荒川、南を新河岸川に囲まれた中の島状の地形で、板橋区新河岸、舟渡から続く低湿地帯となっている。埼京線「浮間舟渡駅」北側には荒川本流の名残である「浮間ヶ池」を抱く「浮間公園」があり、浮間2丁目を東西に貫く「人と緑と太陽の道」とともに市民の憩いの場所となっている。荒川の堤防を見るまでは、コンクリートの町に低湿地を感じるのは難しい。埼玉県八潮市浮塚、長崎県諫早市有喜町のほか、宇木、鵜木等の表記もある。「浮」は「フケ」とも読む。「フケ」といえば大阪府岬町深日(ふけ)、滋賀県守山市浮家が著名だが、他に福家、更、布気、婦家等がある。岐阜県瑞浪(みずなみ)市には中山道の宿場の細久手宿と大湫(くて)宿がある。「クテ」もその土地が「グテグテ」した湿地をあらわす言葉であり、九手、久出の表記もある。愛知県長久手町や瀬戸市広久手町等愛知・岐阜に多い。さて、ぬかるみのことを「ヒジ(泥・土)」とも言う。愛媛県西部を流れる肱(ひじ)川は確かに泥土の川であるが、長野県聖高原や広島市比治山は果たしてどうだろうか。愛知県の渥美半島には恋路(こひじ・こいじ)ヶ浜があり、近くに日出(ひじ)の石門という海食岩がある。このあたりは確かに日の出を見るには適地であるが、砂のことを「ヒジ」といったのだろう。熊本県水俣市の恋路島、大分県日出町も同じか。なお、岩手県宮古市日出島は「ひでしま」という。「ヤタ・ヤチ・ヤツ・ヤト」も湿地地名である。名古屋市東区矢田のほか谷田、谷地、谷内、萢(ヤチ)、屋地、谷津、谷戸、矢戸などが全国至る所にある。新潟市八千代は千葉県八千代市と同じく、瑞祥地名であり、その隣を万代といい縁起の良い地名を並べたものだ。東京都足立区皿沼・辰沼、中野区沼袋、板橋区蓮沼、杉並区天沼・本天沼などはそのまま湿地地名で分かりやすい。千葉県習志野市津田沼は、旧谷津村・久々田村・鷺沼村の合成地名でいかにも湿地を思わせる。                   左 《浮間公園》              右《大洲市の肱川》c0134145_19101691.jpg                                                                                                                               c0134145_16425075.jpg
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# by baba72885 | 2008-04-10 19:59
 九州熊本の「くま」は渡来人の「こま(高句麗)」が語源だ、とする金思燁(キムサヨプ)氏の論文を参考に、目からうろこの話をはじめよう。                                        昨秋、柔道家の古賀稔彦さんの講演を聴く機会に恵まれた。彼は肥前国佐賀県の中学校を卒業するとすぐに、東京の私塾「講道学舎」に入門し、あのバルセロナ金メダルへの第一歩を踏み出した。佐賀県人ときいて、やはりそうかと思った。そういえば、人気女子プロゴルファーの古閑美保さんは肥後国熊本出身だし、佐賀県とは筑後川を挟んで一衣帯水の地、福岡県大川市は国民栄誉賞受賞者の作曲家・ギタリストの古賀政男さんの生誕地である。なるほどこれはもう偶然ではない。長崎・佐賀・熊本県は「肥の国」であり、肥前国と肥後国に分かれたが、この「肥の国」に集中している地名が「こが(古賀・古閑)」だ。長崎県には雲仙市上古賀・下古賀、長崎市古賀、大村市古賀島があり、佐賀県には、伊万里市古賀、多久市古賀山、佐賀市古賀、神崎市今古賀・古賀ノ尾、鹿島市山古賀、鳥栖市古賀、小城市下古賀、みやき町原古賀、川副町東古賀・西古賀、太良町古賀、東与賀町下古賀がある。一方、熊本県には、菊池市古閑、山鹿市古閑、八代市古閑浜、玉名市古閑、熊本市奥古閑、益城町古閑、美里町古閑、富合町古閑、植木町古閑、和水町用水古閑・高野古閑、玉東町古閑、西原村古閑と枚挙にいとまが無い。熊本県水俣市古賀町を例外として、肥前は「古賀」、肥後が「古閑」と表記している。さて、このような「こが」地名の密集状態は、何か深いわけがありそうだ。「魏志倭人伝」に見える「狗奴(くな)国」ではないかといわれる「熊襲(くまそ)」は、朝鮮半島から渡来した高句麗(こま)系の民であり、動物の熊を神聖視していた。そして、自分達も居住する土地も「くま・こま」と称していた。高句麗の領域であった朝鮮半島北部の「蓋馬(けま)高原」も、同源の地名だ。さて「こま」は、万葉時代には「肥」の字を当てていた。「肥(こゆ)」は「こゆむ」と名詞化し、短縮して「こむ・こま」となった。すなわち「肥の国」は高句麗人の住む「こま・くまの国」ということになる。「くま」は現在「熊・球磨・隈」等の表記としてあり、熊本市、高熊山(鹿児島県大口市)、球磨川、高隈山地等の地名として残っている。とりわけ佐賀県の佐賀市北部から吉野ヶ里歴史公園一帯にかけては「隈」地名が集中しており、注目できる。「肥前七隈」といわれる「鈴隈山・帯隈山・日の隈山・西日ノ隈山・中の隈山・早稲隈山・茶臼隈山」が長崎自動車道に沿ってあり、他に吉野ヶ里町松隈・鳥ノ隈、神崎市神之隈・日の隈公園、みやき町中津隈、佐賀市帯隈山神籠石(古代山城の石垣)、西隈古墳などがあり、さらに帯隈(おぶくま)山の麓には、「熊本」という集落もあるではないか。あたかもここに古代「くま国」の存在を思ってしまう。「肥の国」の由来は、雲仙岳や阿蘇山のある地域なので、漠然と「火の国」がその由来かと思っていたのだが、目からウロコがおちた。さて、金氏は「こが」の由来は、「狗奴国」の大官の職名や、高句麗系貴族の称号に「狗古(こか・くこ・きく)があり、それが現在「菊池」や「古賀」「古閑」として地名に残っているとしている。ところで、「こま」の語義は「かむ(神・上)」であり、「熊襲」と同じく、熊を守護神とするアイヌ民族のカムイ(神)とも一致することは何かを暗示しているようだ。こうしてみると、金氏の「熊襲=高句麗人」説はあながち荒唐無稽だと一笑に付すわけにはいかない。なお、「こま」の足跡か、長崎県対馬には「黒隈山・三隈山・大隈山・碇隈山」がある。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
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# by baba72885 | 2008-04-03 20:31

「鬼」地名(その2)

○「鬼」の山                                                    「鬼」のつく山は、巨岩の存在や鬼伝説にまつわるものが多い。広島市佐伯区の「鬼ヶ城山」には八畳岩という巨岩があり、宮城県丸森町の「鬼形山」は山頂にある鬼石という巨岩に由来する名前だ。広島県廿日市市と山口県岩国市の境界にある「鬼ヶ城山」は頂上付近に巨岩があり、地域の人たちは動物の住む洞窟を「じょう」と呼んでいるので、鬼の住む巨岩の洞窟という意味で「おにがじょう」としたのだという。岡山県総社市の「鬼ノ城山」は古代の山城の石垣が残り、まさに鬼の城の感があって鬼伝説がある。山口県下関市の「鬼ヶ城山」は源頼光の鬼退治と蒙古襲来時の敗残兵の砦伝説が錯綜している。福島県いわき市の「鬼ヶ城山」は鬼が住んでいたという伝説の山で、「いわきの里鬼ヶ城」というレクリェーション施設がある。愛媛県宇和島市の「鬼が城山」は、この地方の祭りの山車に見る「牛鬼」に似た形の山という。伊那山地の最高峰である長野県豊丘村の「鬼面(きめん)山」は、頂上直下に露岩があり、崩れた岩石のざらざらした急な登攀路はとても滑りやすく危険である。飯田市方面から見た夕日に映えるこの山を、赤鬼の顔に見立てて名付けのだ。同じような由来を持つ山に、福島市の「鬼面山」、新潟県糸魚川市と魚沼市に「鬼ヶ面(おにがつら)山」、福島県天栄村に「鬼面(おにつら)山」等がある。秋田県仙北市の「おにかべ(鬼壁)山」は「おにこうべ(鬼首、鬼頭)山」が訛ったものと思われる。長崎県福江島の「鬼岳」は、五島列島のシンボルであり、周辺の火山群の中では群を抜いて大きいことから名付けられた。熊本県水俣市の「鬼岳」は、「おんたけ」と発音しているが、小さいけれどその溶岩ドームは鬼の名にふさわしく、周囲を威圧する姿を見せる。山梨県芦川村の「鬼ヶ岳」は、山頂部がとがって鬼の角のように見える。日本最古の鬼伝説の地と自負する鳥取県伯耆町には「鬼っ子ランド」や「鬼ミュージアム」があり、背後の「鬼住(きずみ)山」には孝霊天皇の鬼退治物語が伝わっている。鳥取県日南町の「鬼林(きりん)山」にも孝霊天皇の鬼退治伝説があるが、千葉県富津市の「鬼泪(きなだ)山」と同じく「き」の音を借りただけのような気がする。                      ○峠・坂と「鬼」                                         峠や坂に「鬼」の地名はうなづける。つらくて難儀な峠越えに、人は鬼(神や仏)の存在を意識してしまうものだ。茨城県石岡市鬼越(おにごし)や岩手県滝沢村鬼越の「鬼越(おにごり)峠」には鬼婆伝説がある。この付近には「鬼古里(おにごり)山」もある。「鬼坂」という地名は岩手県岩泉町、栃木県矢板市、東京都町田市、静岡県浜松市、京都府与謝野町、美山町、兵庫県篠山市、鹿児島県出水市等各地に多い。また、新潟県佐渡市には「おに坂」がある。北海道占冠(しむかっぷ)村の「鬼峠」の名は、占冠からニニウに越える峠道が尾根づたいに通じており、「尾根峠」の発音が変化したものだろう。北国の厳しい峠越えには、「鬼」の名がふさわしい。                                               ○その他                                                千葉県市川市鬼越(おにごえ)は京成線の駅名にもなっているが「鬼」とは無関係だ。付近の台地の縁が崩れやすく、人々は「大崩(おーくえ)」と呼んでいたが、やがて「おにくえ」、「おにごえ」と変化してきたという。長野県白馬村青鬼(あおに)は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている寒村だ。棚田100選にも選ばれた集落からは、北アルプスを遥かに望む雄大な景色を満喫できるが、そこには「青鬼神社」があり、青鬼の伝説が残っている。ただ、「青鬼」を「あおき」と読み、この村に最初に入植した「青木某」に由来するという説もあるが、案外当たっているかもしれない。                                            
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# by baba72885 | 2008-03-30 20:57

「鬼」地名(その1)

○「鬼」地名と奇観                                                「ひめあざみ、ひめゆり」に対して「おにあざみ、おにゆり」があるように、日本人は小さくて可愛いものには「姫」、大きくてグロテスクなものに「鬼」をイメージしている。地名も同じで「鬼」地名の中には恐怖感や畏れを抱く巨岩や洞窟、奇怪な自然現象等につけられているものがある。 和歌山県田辺市の「鬼橋岩」は、見事な岩の架橋を見せ、奇岩怪石の渓谷美を誇る岐阜県御嵩(みたけ)町の「鬼岩公園」や荒々しい海食崖を見せる三重県熊野市の「鬼ヶ城」、宮崎県の青島や日南海岸にある「鬼の洗濯岩」等がある。熊野市の「鬼ヶ城」は岩礁の多い荒磯と奇岩の海食崖であり、本来は「鬼ヶ礁(しょう)」ではないのか。群馬県嬬恋村の「鬼押出し」は、浅間山の噴出した黒い溶岩の荒れ野だ。その由来は「火口で鬼が暴れ、溶岩を押し出した」と、噴火の様子から命名されたというが、むしろ流れ下った溶岩の不気味な岩塊の群れを目にした村人が「鬼」を連想したものだと思う。福島県田村市の「鬼穴」や岡山県真庭市の「鬼の穴」という鍾乳洞は、妖気漂う洞窟を見て「鬼」の開けた大きな口を思い浮かべたものだ。山口県秋吉台のドリーネ(石灰岩の台地にある漏斗状のくぼ地)にも、「鬼ノ穴」と名付けられたものがある。周辺のものと比べると格段に大きいくぼ地に「鬼」を感じたのだろう。秋田県鹿角市にあるカルデラ式火山「秋田焼山」の中央火口丘の火口湖を「鬼ヶ城」というが、その由来は、この異様なお釜を見て噴火当時の「岩漿(がんしょう):マグマのこと)」を想い「おにがしょう」といい「鬼ヶ城」としたのだろうか。島根県奥出雲町には「鬼の舌震(したぶるい)」県立自然公園がある。不思議な地名であるが、「出雲風土記」の伝説がその由来だという。「・・和仁(わに)の慕(した)ぶる・・」が訛って「鬼の舌震」となったとされるが、大馬木川の両岸にある柱状節理の断崖と奇岩怪石の続く幽谷は「鬼」の谷にふさわしい地名であり、ことさら「和仁」を持ち出す必要はないと思う。宮城県の鬼首温泉、北海道小平町の鬼鹿温泉の由来は、煮えたぎって渦巻く温泉を「鬼」の憤怒の形相にたとえたのだろう。                                              ○ 「鬼」と鍛冶、鉱山                                   昔から、古代製鉄法の「蹈鞴(たたら)吹き」に従事する人や、金属鉱山の採掘鉱夫の姿を「鬼」に見立てたことから、「鬼」地名は鍛冶や金属鉱山と深く関係している。岐阜県垂井町にある美濃国一ノ宮の「南宮大社(仲山金山彦神社)」は、鉱山を司り、鍛冶や金工技術者を守護する神を祀っており、本尊の絵画には「鬼」が描かれている。青森県弘前市鬼沢は岩木山の東麓にあるが、この津軽地方には古くから悪霊や疫病を除くため、氏神様に「鬼」を祀る風習がある。また、岩木山は修験道と鍛冶集団に関係した鬼と刀鍛冶にまつわる話が伝わっており、もとは「岩鬼山」であったかもしれない。なお、鬼沢の背後には鉱山を思わせる「黄金山(こがねやま)」もある。山形県鶴岡市と温海町の境には「鬼坂峠」があり、越後の鬼が安部貞任を助けに来た話と、鍛冶屋にまつわる伝説が残っている。「鬼の舌震」のある島根県奥出雲町には「鬼」がご神体の「鬼神社」があるが、ここは砂鉄の産地で、蹈鞴の栄えた場所だ。福井県越前市の「鬼ヶ岳」は麓に鬼退治の物語を残しているが、付近にはかつて水銀鉱山があった。長野県喬木村の「鬼ヶ城山」周辺にはかつて磁硫鉄鉱、閃亜鉛鉱等の鉱山があった。                                                 ○ 「鬼」と古墳                                           「鬼」の音は「隠(おん)」から来ているという考えがある。「隠」は隠(かく)れるとか、隠(こも)るということで、隠れる場所である古墳にも「鬼」の名が付けられている。また、古墳は人死の魂の宿るところだが、「魂」という字にも「鬼」が使われており、古墳と鬼の関係を示している。奈良県の飛鳥にある「鬼のまな板」と「鬼の雪隠」はセットで古墳の石室を作っていたものだ。長野県木島平村の「鬼窟古墳」、池田町の「鬼石古墳」、大分県別府市の「鬼の岩屋古墳」の名は、古墳の石室をも思わせる。他に「鬼塚古墳」が大分県国東市、玖珠町、鹿児島県長島町、長崎県諫早市、佐賀県唐津市、兵庫県神戸市、奈良県御所市等にある。                                                               左《奥出雲町「鬼の舌震」の渓谷》「舌震亭」のお母さん(大正11年生)のつくる「手作り舌震そば(800円)は絶品     右《熊野市鬼ヶ城》駐車場料金の500円はひどい!
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# by baba72885 | 2008-03-25 20:48