地名の由来が一目でわかる!


by baba72885
 春夏の甲子園は、おらが故郷の高等学校を応援せんと、にわか仕込みの郷土愛であれそれぞれのかたちで日本中が熱く燃える。いま、代表球児の郷里といえば、明治初頭に設置された各都道府県である。しかしその原点は、大化の改新のあと、朝廷が各地方の有力な豪族の「クニ」を分断して設置した「国」に始まる。水戸黄門のドラマを待たずとも、私たちはやれ土佐だ甲州だ、尾張だ越中だと何かと旧国を引き合いに出したがるし、それが郷土愛をくすぐるのだ。日露戦争の日本海海戦では、大日本帝国連合艦隊は東郷平八郎の指揮した旗艦「三笠」をはじめ戦艦「敷島・朝日・富士」と統一性のない名前の軍艦であったが、太平洋戦争の巨艦には 戦艦「大和・武蔵・陸奥・長門・信濃」等旧国名が付けられ、日本人の旧国名に対する特別な思いが感じられる。  ここで、都道府県名と旧国名の使い回しを見てみよう。「青森リンゴ・宮城米・秋田小町・静岡茶・奈良漬・宮崎牛」等は県名で流布している。旧国名で耳障りがいいのは「上州三山・越後獅子・甲州ブドウ・信州リンゴ・飛騨牛・美濃焼き・三州瓦・伊賀忍法・伊勢エビ・近江商人・越前カニ・加賀友禅・丹波黒豆・丹後ちりめん・但馬牛・備前焼・讃岐うどん・阿波踊り・伊予柑・土佐犬・肥後もっこす・薩摩隼人」等である。何といっても筋金入りの旧国民は、国立大学で唯一旧国名の「信州大学」と名付けた長野県民だ。田中康夫前知事は何かの折に、県名を長野から信州にしたいと発言したほど熱の入れようだ。ところで、旧国の中にも陸奥国津軽、岩代国会津、信濃国木曽、伊那はそれぞれ、「津軽新城駅」「会津若松市 会津本郷駅」「木曽福島駅」「伊那大島駅」のように国名を使わず、それぞれれっきとした津軽、会津、木曽、伊那のアイデンティティーを持っている地域がある。これらに匹敵する山梨県の郡内地方の人も、独特の方言もあることだし、甲斐国とは一線を画し郡内人としての独自性を発揮して欲しい。「ぐんないぐんないベイビー 涙こらえてー」などとこらえる必要なし。                                                                                            大化改新の詔第2条 「初修京師置畿内国司郡司・・・・」        古代中央政府は、各国に計画都市の「国府」を置き、国の長官として国司を派遣した。「更級日記」の著者の父菅原孝標は上総国司、「土佐日記」で名高い紀貫之は土佐国司、万葉歌人大友家持は越中と因幡国司、柿本人麻呂は石見国司、山上憶良は筑前と伯耆国司として任地に着いた。国府の所在地は「国府・府中・国分・古府」等の地名が残っているため、比較的その所在地を特定し易く、各地で発掘が進んでいる。                                ○ 「国府」地名が残る国                                                                                         下野国(栃木市) 上野国(群馬県高崎市) 下総国(千葉県市川市) 相模国(神奈川県大磯町) 甲斐国(山梨県笛吹市) 飛騨国《岐阜県高山市) 三河国(愛知県豊川市) 志摩国(三重県志摩市) 但馬国(兵庫県豊岡市) 因幡国(鳥取市) 伯耆国(鳥取県倉吉市) 備前国(岡山県瀬戸内市) 大和国(奈良県大和郡山市) 伊勢国(三重県鈴鹿市) 河内国(大阪府藤井寺市)                              ○ 「国分」地名が残る国                                 常陸国 (茨城県石岡市) 安房国(千葉県館山市) 越後国(新潟県上越市)  越中国(富山県射水市) 能登国(石川県七尾市) 伊勢国(三重県鈴鹿市) 摂津国(大阪市天王寺区) 河内国(大阪府柏原市) 和泉国(大阪府和泉市) 丹後国(京都府宮津市) 淡路国(兵庫県南あわじ市) 土佐国(高知県南国市) 豊前国(福岡県行橋市) 日向国(宮崎県西都原市) 大隈国(鹿児島県霧島市
                                   ○ 「府中」地名の残る国                               武蔵国(東京都府中市)常陸国(茨城県石岡市)下野国(栃木市)安房国(千葉県館山市府中)美濃国(岐阜県垂井町)若狭国(福井県小浜市府中)丹後国(京都府宮津市府中)紀伊国(和歌山市府中)備後国(広島県府中市)安芸国(広島県府中町)阿波国(徳島市府中)讃岐国(香川県坂出市府中)大隈国(鹿児島県霧島市国分府中)                                  なお、山口県下関市長府は長門府中、山口県防府市は周防府中、静岡市の旧名駿府は駿河府中である。                           福井県越前市武生にある北府(きたこう)は越前国府、兵庫県南あわじ市国衙(こくが)も国府所在地といわれている。                                                                                             左《美濃国府跡 垂井町府中》                                        右《河内国府跡 藤井寺市国府町》 国府八幡神社周辺c0134145_21475322.jpg                                                                                                                                                                                                                                                             c0134145_21202.jpg
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# by baba72885 | 2008-06-10 21:01
「ごらんあれが竜飛岬北のはずれと 見知らぬ人が指をさす・・・」御存知、石川さゆりの名曲「津軽海峡冬景色」二番の冒頭だ。津軽半島「龍飛崎」は北海道の「襟裳岬」「知床岬」と並んでご当地演歌の大ヒットとともにその名を不朽のものにした。が、ちょっと待て!!作詞した阿久悠さんは、本来の地名である「龍飛崎(たっぴさき)」を勝手に「竜飛岬(たっぴみさき)」として、一番の歌詞である「上野発の夜行列車降りたときから・・・」の「夜行列車」の七文字に合わせるために窮余の策をとった。さすがに「ごらんあれがたっぴさーききたのはずれと・・」と歌っては間が抜けていていただけない。この歌がヒットした後、多くの人は「竜飛岬」と呼ぶようになってしまった。このように、各地の岬と崎地名は過去に何らかの理由で、呼び方が変化していることが多いと思う。さて、「岬」といえば映画「二十四の瞳」の「岬の学校」、「喜びも悲しみも幾歳月」の「灯台」、そしてフォークソング「岬めぐり」を思い出すが、独断でランクインした全国各地のトップ17の「岬」を北から列挙する。北海道宗谷岬(わが国最北の地)、知床岬(ザ手付かずの自然)、襟裳岬(何んといってもレコード大賞)、青森県龍飛崎(強風と津軽海峡冬景色)、大間崎(まぐろ・まぐろ)千葉県犬吠埼(銚子漁港と本州最東端)、新潟県出雲崎(荒海や 佐渡によこたふ 天の河 芭蕉)、静岡県石廊崎(伊豆はロマン)、御前崎(岬らしい名前NO1)、福井県越前岬(水仙と蟹そして波の華)、愛知県伊良湖岬(椰子の実の恋路が浜)、和歌山県潮岬(本州最南端の台風銀座)、島根県日御碕(特異な表記と神話の世界)、高知県室戸岬(海岸段丘とかつお漁)、足摺岬(小説の舞台、不思議な魅力で人をひきつける)、愛媛県佐田岬(その細長ーい形の半島の先へ行ってみたい) 鹿児島県都井岬(野生馬でしょうやはり)                              「ミサキ」の「ミ」は接頭語で「サキ」は「先」や前」のことで、漢字では「御崎・三崎・見崎・美崎・岬」と表現し、海や湖に向かって突き出た陸地の先端部を意味する。但し、漢字の「崎」 の本来の意味は①山が険しいこと、②岸の湾曲したところ、③山の出っ張ったところ を示す。山へんの「崎」以外に土へんの「埼」(埼玉県は先多摩県のこと)や石へんの「碕」があるが、犬吠埼が土っぽいとか日御碕が石っぽいとか無理に解釈する必要はない。一方、「岬」の本来の意味は①山のかたわら、②山の狭間 という意味だが、いつの間にか「御崎」と同じ意味になってしまった。なお、「サキ」と同類で、島根県の「美保関」や静岡県の「三保の松原」のようにまた、「ホ」も「稲穂」の用法と同じく①先端、②秀でたところという意味だ。                                  《犬吠埼の地名由来》                                千葉県の犬吠(いぬぼう)埼の地名由来は「オニ」が「イヌ」に、「ホウ」が「ボウ」に訛ったものだ。「鬼 オニ」は険しく猛々しい意味だし、「ホウ ボウ」は「ほうける」とか「ぼぼける」の意味の「崩」で、崩壊地形をあらわしている。つまり、険しく崩れやすい断崖絶壁という意味の「鬼崩 オニホウ」が「犬崩 イヌホウ イヌボウ」になり、犬は吠えるということで、「犬吠」と表記して誕生した地名だ。この地名の由来を解くカギが、南隣の「犬若」地区の地名にある。「イヌワカ」は「オニワカ」の転訛したもので、「ワカ」は「崩 ホケ ハケ ワケ」が訛ったものだ。確かにこの集落は海岸平地との差が25メートル位の海食崖を持つ隆起台地と崖の中腹にあり、この崩壊性の断崖は、犬若から南、名勝「屏風ヶ浦」へと続いている。犬若から崖下の銚子マリーナや大学のある潮見町へは厳しい坂道だ。そういえば福井県にある断崖絶壁の景勝地を「東尋坊 トウジンボウ」という。この「ボウ」も間違いなく「崩」の意味で、犬吠埼の地名由来の証人になってくれている。また、鹿児島県南さつま市坊ノ津は、古代から栄えた港で、隣には泊の地名もある。その坊津には坊岬がある。断崖絶壁の岬はまさに崩壊地形であり、この坊も「崩」の意味である。坊津の坊の意味は、けっして遣唐使の宿坊や坊舎に由来するのではない。また、島根県松江市の日本海岸には、犬堀鼻という岬がある。この堀も崩(ほう)が訛ったと思われる、急な断崖絶壁の岬だ。犬吠埼の現地には、地名由来として、源義経の愛犬伝説や、太平洋の海鳴りが犬の遠吠えに似ているとか海獣の声が犬の声に聞こえるとかのこじつけものがある。京都府の丹後半島にある「犬ヶ岬」は犬の形から名付けられたのではない、人を寄せ付けない断崖絶壁の岬だ。まさに「鬼ヶ岬」ではないか。内陸の坊地名の千葉県八街市太郎坊、石川県金沢市香林坊はともに、台地の崖下に位置する地名だ。                     尚、厳しい断崖の続く長崎県対馬市美津島町犬吠(いぬぼえ)と犬吠鼻の地名由来も千葉県のものとほぼ同じと思う。 左《崖の中腹にある犬若のバス停》                    右《犬吠埼の断崖》                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       c0134145_22171158.jpgc0134145_22173111.jpg
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# by baba72885 | 2008-06-05 19:16

北海道の地名(その2)

⑤ 開拓・入植地につけた瑞祥地名                                      道南の倶知安町には「大和・瑞穂・出雲・扶桑・高砂・末広・旭」等があり、日本の国号や縁起の良い地名がずらりと並ぶ。十勝平野の士幌町には「平和・相互・共成・共豊・共進・共益・共立・協進・栄進・日進・豊進・旭・新光・新栄・開運・常盤」と連なり、町の地名のほとんどを占めている。同じく南隣の音更町には「平和・相生・共進・友進・開進・共愛・共力・共和・新栄・栄・豊・稔・稲穂・旭・光昇・光・誉・大和・瑞穂・万年・常盤・宝来」があり、それぞれの思いがたっぷり詰った地名だ。次に瑞祥地名を分類してみるが、めでたい日本語のオンパレードである。                                  ○ 仲間の協力と和・そして団結心                                       共立・共力・共栄・共和・協和・平和・光和・三和・厚和・長和・美和・中和・花和・東和・正和・弘和・日和・明和・多和・相生・相互・親睦・交友                                 ○ 心機一転、新天地での躍進                    新和・新光・新生・新興・新富・新栄・大新・大進・日進・拓新・光進・共進・更進                               ○ 開墾・開拓地に因む                         拓進・拓殖・拓成・拓北・拓実・開進・開成・開明・開南・美開・興和・天興・振興                          ○ 北の大空と太陽は明日への希望と夢                            大空・北斗・北星・新星・太陽・春光・久光・北光・光進・光陽・光昇・光台・有明・東雲・曙・日の出・暁・旭・朝日・旭台・旭ヶ丘・向陽・開陽・北陽・朝陽・南陽・柏陽                       ○ 豊で繁栄した生活を望む                                    黄金・豊金・豊栄・豊平・豊富・豊田・豊里・豊丘・豊野・豊原・永豊・豊郷・常豊・清豊・富原・富野・富郷・北栄・倉栄・共栄・昭栄・栄森・三栄・栄・千永・大栄・東栄・忠栄・新栄・祥栄・登栄・富栄・幾栄・光栄・農栄・緑栄・栄丘・稔・稲積・穂波・稲富                        ○ 明るく元気で永遠の生活を願う                               清明・明徳・明生・明和・東明・明野・昭野・弥生・永代・常盤・万年・万世・八千代・千歳・千代田・御園・若園・花園・若生・末広・太平・扶桑・高砂                                  ⑥ 入植者ゆかりの人名                                       南幌町石川、せたな町丹羽、伊達市、ニセコ町有島、浦臼町岩村 等                          ⑦ 日本の国号と元号                             大和・日東・敷島・瑞穂・豊葦(日本は「豊葦原瑞穂の国」といわれた)明治・大正・昭和                            ⑧ 自然地名(数少ないが、本土と同じでなんだか安らぎを覚える)                                 落合・中島・白川・大森・赤石・清水・宮田・中野・川上 等                           ⑨ 人文活動に伴う地名                           札幌市琴似は屯田兵初めての入植地だが、その北方の北区には、屯田町という地名が残っている。北見市端野には、屯田兵中隊本部の跡地を記念し「屯田の杜公園」があり、とん田西町には「とん田保育園」がある。園児達はずいぶん重い歴史を背負って保育されているのだなあと、妙に感慨にふけってしまう。他に、上湧別町北兵村・南兵村、旭川市上兵村・下兵村等屯田兵関係の地名が残っている。また、平地を中心に、「~線・~号・~条・~丁目・第~」の名が目立つが、これはモデルとなったアメリカのタウンシップ制に倣ったもので、碁盤目状の土地割り特有の地名である。石狩平野の北広島市から続く長沼町は、見事な碁盤目状の町で、中心部以外の地名はほとんど「~区」地名からなっている。また、まれにある追分、駒場、陣屋、住吉、鍛冶、大津、港町等は本土にもよくある地名だ。                                                                                           ⑩ その他北海道ならではの地名                             北都・緑・福満・東宝・愛国・幸福・勝農・愛牛・美畑・郷愛 等    さて、富良野市南部の西達布川と老節布川流域には何と「からまつ・とどまつ・くろまつ・あかまつ・あやめ・しらはぎ・たちばな・すみれ・のぎく・おもと・かえで・つつじ・さくら・あかしや」と平仮名の地名が集中してある。ぜひ一度は訪れたい場所だ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
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# by baba72885 | 2008-06-02 20:27

北海道の地名(その1)

北海道は先住民族のアイヌの人々が「アイヌモシリ(人間の大地)」と呼んだ大地である。和人(シサム)が開拓・入殖・占有した居住地に付けた地名の起源をいくつかに分類してみた。                  ①アイヌ語をそのままカタカナで表記した地名                               
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 ≪写真≫ 根室市ノシャップ岬 遠くに利尻島がかすむ                                         占冠村ホロカトマム、ニセコ町、豊富町サロベツ原野、別海町シカルナイ、浜頓別町クッチャロ湖、豊頃町カンカンピラ、厚岸町ホロニタイ等、音を正確に表現するのは難しいと思う。                    ②アイヌ語を漢字にあてた地名                                         北海道では圧倒的に多い地名だが、当て字の妙を楽しむことが出来る。    ワッサム(和寒町)、シムカップ(占冠村)、シャコタン(積丹町)、メマンベツ(大空町女満別)、アショロ(足寄町)、シベチャ(標茶町)、トマコマイ(苫小牧市)、テシカガ(弟子屈町)、オトイネップ(音威子府村)等枚挙に暇が無い。タクシー(的士)やオリンピック(奥林匹克)のように、欧米語を漢字で表記する中国人の苦労がよく分かる。           ③アイヌ語の意味を漢字表記した地名                                    タンネトー(細長い沼)→長沼町、チュプペツ(日の出る川)→旭川市                   ④和人の故郷の地名                                               古代奈良の朝廷は、賦役などの為に全国各地の民を集め、彼らを計画的に洛外の地に住まわせた。その居住地には、それぞれの出身地の国名を付けることが多かったが、このことは徴用された民の郷愁を誘うというより、出身地別の管理が容易であったことが大きかった。現在、奈良盆地には「大隈・出雲・阿波・豊前・出雲・石見・三河・薩摩・備前・上総・但馬・吉備・美濃・飛騨・伊豆・武蔵・土佐」等の地名が残っている。郷土の祖先の労苦を偲び、この諸国ゆかりの皆さんは一度奈良を訪ねてみてはいかがでしょう。                            さて、北海道の場合はわりに自由に居住地の命名が出来たようだ。奈良県の十津川村は明治中期に大洪水に見舞われ、壊滅的な被害をこうむった。窮余の策として、村民の有志は新天地を北海道に求め、入植地に故郷の名を付け、現在は新十津川町として発展している。 町内には頑張る気持ちをこめた「総進」や故郷の「大和」の地名も付けた。また、豊浦町の山梨も、大水害の被災者が移り住んだ故郷地名だ。JR札沼線の「石狩金沢駅」のある当別町金沢は、入植した村松さんの出身地石川県金沢に因んだものだ。電話で問い合わせたところ、電話口の若い役場職員はその事情を知らなかった。北海道では徐々に開拓の歴史が風化しているのだろうか。他の職員が町史で確認して回答してくださった。本当にありがとうございました。沼田町東予は、ローカルな地名なので、伊予国(愛媛県)の東部の人の入植地であることがすぐ分かる。他の地名を列記します。                    中頓別町岩手・秋田、上湧別町滋賀、苫前町香川、士別市福島団体、北見市岐阜・土佐、サロマ町栃木、東川町阿波団体・富山団体、別海町香川、釧路市美濃・鳥取、足寄町宮城・長野・鳥取、音更町武儀(岐阜県武儀郡)、清水町讃岐、南富良野町伊勢・岐阜・越中団体、浦臼町越中組、岩見沢市越前・岐阜、由仁町熊本・山形、石狩市兵庫県団体、南幌町石川・三重、札幌市石川、北広島市 ニセコ町福井、千歳市北信濃、伊達市愛知・宮城、室蘭市香川、洞爺湖町香川、せたな町徳島・愛知・若松(福島県会津若松市) 等々                                                         
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# by baba72885 | 2008-05-27 19:23

「谷」と「沢」地名

「谷」と「沢」は地形的には同じようなものだが、その地名分布ははっきりと東西に偏ってある。吉田茂樹は弥生時代のヤマト族とアズマ族の勢力圏を示す地名として「谷」と「沢」に注目した。いくつかの例外はあるものの、新潟県の親不知と三重県桑名市を結ぶライン(写真参照)の西にヤマト族が住む「谷」地名地域、東をアズマ族が住む「沢」地名地域とした。同じ写真の左にあるラインは「日本列島雑煮文化圏図」(農文協)によるもので、西日本が丸餅、東が角餅文化圏を示している。また、岐阜県南西部の揖斐川を挟んで「雨と飴」「橋と箸」のアクセントが逆になる関西語と関東語の違いを見せる。中部日本はまさに東西文化の交錯する混合文化の地だ。岐阜県中津川市下野には「小野沢谷」という地名があり若干の民家がある。「沢」に「谷」のついた地名だが、両民族が混在していたのだろうか。さて「谷 タニ」地名の著名なものを南からあげる。沖縄県読谷村・北谷町、熊本県阿蘇谷・南郷谷、神戸市一ノ谷、滋賀県小谷(おだに)城、岐阜県根尾谷、静岡県宇津ノ谷・赤目ヶ谷、長野県小谷(おたり)村・木曽谷、福井県一乗谷、富山県五箇山谷、千葉県九十九谷(君津市鹿野山から見た眺望に名付けられた地名で、丘陵の連なる山並みに埋もれた谷の景観全体をいう) なお、長野県伊那谷は正式には伊那盆地である。観光宣伝用で木曽谷と対比して語られているが、県歌「信濃の国」の中では、松本・佐久・善光寺・伊那の四つの平らと歌われ、伊那の地元民は「谷」の概念は持っていない。 さて、東京をはじめ関東、東北には「谷」地名が多いが、そのほとんどが「ヤ」と発音し、「谷地 ヤチ」地名の低湿地であり、「タニ」とは違う。主な地名をあげると、新潟県小千谷市、千葉県鎌ヶ谷市、埼玉県深谷市・熊谷市・越谷市・鳩ヶ谷市、西東京市保谷、長野県岡谷市、静岡県島田市金谷、東京都足立区入谷・古千谷・、板橋区大谷口、北区神谷、台東区谷中・入谷・下谷・松が谷、新宿区四谷・市ヶ谷、世田谷区世田谷・祖師谷・粕谷、目黒区碑文谷、大田区雪谷・糀谷、渋谷区渋谷・幡ヶ谷・千駄ヶ谷、豊島区雑司が谷等がある。「沢」地名はやはり圧倒的に東日本である。青森県三沢市・鯵ヶ沢町、岩手県奥州市水沢・前沢、秋田県湯沢市、山形県はながさ市尾花沢、長野県軽井沢町、神奈川県藤沢市、栃木県宇都宮市高根沢、山梨県北杜市小淵沢、鰍沢町、鳴沢村、愛知県稲沢市、ラインの西側には希少価値のある石川県金沢市がある。都内では、板橋区小豆沢、練馬区羽沢、墨田区亀沢、世田谷区北沢・代沢・駒沢・野沢・深沢・奥沢がある。北海道には小さな川の上流部に「沢」の名がたまに見受けられるが、「谷」地名は蘭越町大谷、平取町二風谷以外ほとんど無い。北海道に「谷」地名が無いのはそれをあらわすアイヌ語地名があったからだ。「~ナイ」がそれにあたり、和人は「内」の字をあてた。稚内市、歌志内市、木古内町、黒松内町、新ひだか町静内、岩内町、神恵内村等がある。「谷」「沢」とややニュアンスが違うのが「渓谷」だ。「渓谷」は全国津々浦々にあって共通の概念で命名しており、「谷」「沢」をイメージアップして呼んでいる場合が多い。世田谷区の等々力渓谷は全国的に見ればささやかな渓谷だが、れっきとした景観美を誇っている。栃木・群馬県を走る「わたらせ渓谷鉄道」は鉄道会社が命名したのだろう、元来渡良瀬川の谷を渓谷とは言わないはずだが。渓谷を北から列記しよう。北海道定山渓、岩手県猊鼻渓・厳美渓、抱き返り渓谷、福島県夏井川渓谷、東京都秋川渓谷、千葉県養老渓谷、長野県赤沢渓谷・阿寺渓谷・柿其渓谷、岐阜県乙女渓谷、夕森渓谷、愛知県香嵐渓、三重県香落渓谷、京都府瑠璃渓、岡山県奥津渓・豪渓、広島県羅漢渓谷、島根県断魚渓・千丈渓、香川県寒霞渓、愛媛県面河渓・滑床渓谷、大分県耶馬渓、宮崎県椎葉渓谷       日本では渓流より川幅が広く、大掛かりな渓谷には「~峡」の名を付けているが、アメリカのグランドキャニオンのように、平らな大地を切り裂いたV字谷を見せるのは、唯一岐阜県の恵那峡のみである。北原白秋等の文豪がこよなく愛した恵那峡は、木曾川が幼年期のなだらかな大地を見事に解析した絶景の地である。あとの峡谷は山地にあり、両岸が険しく迫った狭いV字谷である。北海道層雲峡・天人峡・豊平峡、山形県最上峡、宮城県二口峡、栃木県龍王峡、群馬県吾妻峡、新潟県清津峡、山梨県昇仙峡、長野県天竜峡、岐阜県蘇水峡・飛水峡・揖斐峡・付知峡、富山県黒部峡谷(十字峡・猿飛峡)、静岡県寸又峡・接阻峡、和歌山・三重県奥瀞峡、京都府保津峡、広島県帝釈峡・三段峡、山口県長門峡、宮崎県高千穂峡 等                                                                                                                                   左 《中津川市のc0134145_20235616.jpg小野沢谷)         《吉田の図に加筆》                                                                                                                                                                                                                                c0134145_21213016.jpg
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# by baba72885 | 2008-05-14 20:34